
小さな花
第3章 Saliva
シンくんにとっては大した出来事じゃなかったようで、それからも普段通りお弁当を買いに来たり、私を飲みに誘ったりした。
「せいらちゃん…。なんかムラムラしてきちゃったぁ…」
ベッドに横になったカズヤくんがまた発情している。
「口で…して?」
今日もまた快楽のないセックスをするのか…と思っていた。
彼の口から出たその言葉に少し躊躇しつつ、私の感情とは真逆にそそり勃ったそれに舌を這わせる。
「あ…気持ちい…っ出すよ…っ――」
口内に放出された精液は生暖かく、ツンと鼻を刺激する。
飲んで、というカズヤくんに首を振り、私はそれらをティッシュへ吐き出した。
…
何日かして、生理が来た。
それでも会おうと言うので会ってみると、そこから口でするのが当たり前になっていった。
愛が無くても、快楽が無くても、セックスは相手の温度を感じられる。
それに比べ、口でするのは言葉にできないむなしさだけが残る。
かと言ってカズヤくんとのセックスを望んでいるわけでもないし、そもそも私はなぜカズヤくんと一緒にいるのだろう。
分からない。
…
「のり弁」
「はあい。セツ子さん、のり弁ひとつですー!」
「はいよー」
今日もシンくんがお弁当を買いに来た。
どんよりと雲がかかった空から、ぽつぽつと雨が降り出す。
「ああ、くそっ…降ってきた」
誰に言うでもなく小さな声で言う彼に、突然言ってみたくなった。
「シンくんさあ」
「おん?」
「彼女いっぱいいるじゃない?」
「まあね」
「私がお願いしたら、その中の1人になれるの?」
「ブフッ。…なんだそれ?頭でも打ったか」
「いや、なんとなく…気になった」
「お前ね、大勢の中の1人でいいなんて考え方やめな?また泣く事になるぞ(笑)」
「そうかなぁ…そのほうが楽なこともありそう」
「ばーか」
デコピンの素振りで軽くあしらって、シンくんは帰ってしまった。
そりゃあ、あの綺麗な女の人を思い返せば…シンくんが惹かれる女性のレベルの高さが分かるけどさ…。
