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小さな花

第9章 Rains and hardens


―――春が来た。


今年は平和すぎて、なんとなく怖い。


「おい、転ぶぞ」

ボーっとしていた私の手を取り、シンくんは笑う。


付き合い始めてから、一緒に歩くときはいつも手をつないでいる。

意外な一面に最初は困惑したものだった。



今日は私がパンケーキを食べたいと言い、カフェを探しているところ。


「んな洒落た店、この町にあるかねえ」


訝しげに言いながらもシンくんは携帯で調べながら歩く。

私も画面をのぞいた。


「こっちじゃない?ほら、お茶屋さんの隣ってなってるよ」


「あ、そうか…―――」


そうして路地を右に曲がる瞬間、シンくんの携帯に”岸田由梨”という文字が浮き上がった。



「…。」


無言で目をそらし、手をほどこうとした。


シンくんは離れないようグッと力を込め、手をつないだまま電話に出た。


「もしもし。…―――あぁ。それで?…――あぁ。…――いや、行かないけど。…――んじゃ。」



聞いてもいないのに、孤児院でイベントがあるんだって~、と聞かされる。


そうなんだ…とごく自然に答えたけれど、やっぱり胸の中はモヤモヤしていた。



どんよりした気分でパンケーキを食べるのは嫌だし、店に入る前に私は聞いた。


「由梨さんと会ってるの?最近」


「いや、会ってない」


「こっち来てないの?」


「さぁ」


ハッキリしてくれないような態度に苛立ちを覚えるが、シンくんは何も悪くないのが事実だ。


「付き合ってること…由梨さん知ってるの?」


「俺は言ってない、っていうか話す機会ほとんどないしな」


「ふぅん…」


「何すねてんの」


「べつにっ」







結局、由梨さんの事はあまり話題にしなくなりそのまま梅雨の季節になった。


連日降り続く雨は萌木商店街を薄暗く包み、もうすぐ夏が来るっていうのに肌寒い。


風邪気味の私はドラッグストアに行き、ビタミン剤のコーナーで立ち止まっていた。


風邪にはビタミンC?

それともいさぎよく風邪薬?



「うーん…」


1人なのについ声が出る。


するとすぐに「ふふっ」と隣から笑い声が聞こえた。


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