テキストサイズ

トライアングルパートナー

第32章 純子の構想

 慶子は植木に軽く会釈し、室長室の開いているドアの前に進むと立ち止まり、扉をノックした。書類の山に埋もれていた純子が顔を上げて慶子の顔を見た。
「やっと来たわね、さあ、こっち、入って」
 純子はそう言うと、席を立ち、応接セットの長ソファーに素早く座った。それから、慶子に隣に座るよう手のひらでソファーを2度ほどたたいた。座ると慶子は手にしていた書類を純子の前に広げた。もちろん、離婚届である。すでに進一が記入する欄は書き込まれていた。
「今、署名と捺印するからね」
 そう言うと、純子は少し書類を見つめてから1文字ずつ丁寧に書き込んだ。最後、テーブルにおいてあった判を押した。
「証人の二人は植木さんとあなたでお願いね。今、植木さんにも書いてもらっちゃおうね」
 純子はそう言うと、席を立って部屋を出た。しばらくしてから純子の後に植木が付いて入ってきた。純子の前に植木が座った。純子はテーブルに乗っていた離婚届を180度回転させて植木の前に差し出した。植木は無言のまま証人欄に署名と捺印をした。それを見届けた純子はその用紙を隣の慶子の前に移動させた。
「あなた、判を持っている?」
 純子が慶子にたずねてきた。慶子はこんなに簡単に書類が完成することになるとは思ってもいなかった。純子と進一の20年以上の婚姻生活が法的に終わる。持ってきたのは離婚届の用紙だけだ。慶子が首を左右に振ると、純子が納得したように言った。
「じゃ、証人欄にはあなたが自席で書いてから進一さんに戸籍課に提出するよう伝えてくれる? 慶子さんは進一と一緒についていくといいわ。それが出されないとあなたは困るでしょ? 提出後、また、夕食会を再開しましょうね。あなたたちの結婚の日程とあたしたちの日程が重ならないように打ち合わせないとね。離婚したってわたしたちはトライアングルパートナーだものね。一段落したら、いつもの食事会の二次会を再開したいわ。酒肴を変えてね」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ