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シャイニーストッキング

第14章 もつれるストッキング3          常務取締役大原浩一

51 まだ早い…
 
 私の…
『まだ早い…』
 と、いう思い、それは………



「あ、すいません、アイスコーヒー二つください」
 
 私がぼんやりと今朝のそんなヤリ取りを思い浮かべていると…
 律子が新幹線の車内販売員にそう声を掛けて私の逡巡を遮ってきた。
 
 そう、今は律子と二人で新潟行きの上越新幹線に乗り、向かっていたのである…

「ええと、約2時間で到着しますから…」

「え、そんな早いのか?」
 私はアイスコーヒーを受け取りながら応える。

「はい、でぇ、いちおう新潟支社には2時着と伝えてありますから…」
 
「うん」

「ゆっくりとお昼に、美味しい『へぎそば』でもぉ…」
 と、律子はそれまでの秘書然とした事務的な口調から、まるで悪戯っ子みたいな目をしながらにこやかにそう言ってきた。

 あ、そうだよ、これ、この感じ…

 さっきまで私がぼんやりと今朝のヤリ取りを思い浮かべながら、すごく実感し、考えていた律子の変化…
 どことなく、カドが消え、まるくなった感じのこの様子…

 まさにこの感じ、この笑顔だ。

「うん、それはいいなぁ、楽しみだ」

「そうでしょう、そうですよねぇ」

 私は、そんな律子の変化のその満面の笑顔に…
 今朝感じたときめきと…
『まだ早い…』
 と、必死に自分を自制した、律子への愛という思いが蘇ってきたのである。

 今朝の一気に昂ぶり、そして思わず口にしそうになった愛の言葉を咄嗟に自制させた…
『まだ早い…』
 という思い、それは…

 自分自身の中に芽生えた二つの想い、思い…

 一つの想いは…
 純粋に、すっかり律子の魅力に魅了され、惹かれ、魅かれ、そしてお互いの心の中にあった見えない自制の為の壁、カベが彼女の変化を感じ、一気に消えた想い…
 つまりは律子に対する愛、愛情の認識である。

 かたやもう一つの思いは…
 律子の背景を、バックボーンを知り、その熱く、その崇高な血脈をも知り、秘かに、いや、奥底から静かに湧き、たぎりつつある『下剋上という野望』の思いであった。

 そしてその愛情を認識し、実感した瞬間に心に芽生えたある想い…
 それはその律子の血脈を上手く野望の為に利用すること。

 そのズルい思いが故の…
『まだ早い…』
 なのである。





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