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　121　視線(13)

　ついこの前…
　あれは約一ヶ月ほど前のこと。

　隣の蒼井美冴さんがまだ『黒い女』だった時に…
　わたしはこの美冴さんの妖艶な魅力、美しさ、魅惑さに気付き、大原浩一がまだコールセンター部部長だった時に、必死になって彼と遭遇させない様にしていた時期があった。
　
　つまりそれは美冴さんに対して人生の中で初めて感じた嫉妬心という感情がわたしを狂わせ、それは…
『彼女、美冴さんに彼を獲られてしまうかもしれない』
　という恐れの思いからのジレンマ的な感情の衝動といえたのである。

　そして今日、初めてこの松下律子秘書と対峙した瞬間に彼女の若さ、美しさ、魅力、魅惑さ、そしてストッキング脚の妖艶さに、あの時の美冴さんと同じ様な嫉妬心からのジレンマを感じたのであるが…
　なぜか、あの時と同じ様な激しい衝動の感情や恐れ、そして絶望感等々の思い、想いが湧いてはこないのだ。

　え、なんで？

　なぜ？

　あの時、あの美冴さんの時には、あれほどのジレンマ的な衝動に襲われたのに？

　そしておそらくはあの時より最悪な現実…
　それはもう既に、松下秘書に最愛の彼を獲られてしまった可能性が高い筈なのに、いや、間違いない筈なのに。

　なぜ？

　あの時の美冴さんに抱いた時の、激しい嫉妬心のジレンマの感情と昂ぶりが湧いてはいないのだ…

　わたしはその想いに気付き、本当は決して視線を、目を、合わせたくはないねはだが、彼女の顔をチラと見る。

　そして、また一瞬、再び、松下秘書と視線が合ったのだが、わたしはすかさず目を逸らし…

　そのタイミングの時に…
「ええとぉ、そうなるとぉ、その青山さんと竹下さんのお二人はいつ頃に異動してくるんですかぁ？」
　という越前屋さんの問い掛けの声が聞こえ…
『そうなんですぅ、なんとなくあっちんに雰囲気が似ていてぇ…』
　という、この前の越前屋さんの言葉が脳裏に浮かんできたのだ。

　あっ…

　そしてわたしはある想い、感情に気付いたのである。

　それは…

　今のわたしの中に存在する…
　あっちんこと『伊藤敦子』という存在感であった。

　そう、伊藤敦子…
　その彼女の存在感が、わたしの心の中に住み…
　大原浩一というオトコの致命的な浮気の衝撃、傷心を…
　絶望感ではなく焦燥感という軽めな想いに留めているのではないのか？