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シャイニーストッキング

第16章 もつれるストッキング5  美冴

 14 雑踏の騒めき
 
「大原常務ごちそうさまでした、これからもよろしくお願いします」
 ステーキハウスから出ると、入江くんは路上で深々と頭を下げて礼をする。

「うん、こちらこそ、これからもよろしく頼むよ」
 と、返し…
「あ、奥さんお大事にな…
 そういえば入江くん家は?」 
「はい、西葛西です」

「そうか、じゃ、これを…」
 私はそう言って、タクシーチケットを手渡した。

「あ、ありがとうございます、じゃ、失礼します」
 と、入江くんは、再度頭を下げ…
「さ、先に乗りたまえ…」
 先にタクシーに乗せて帰した。

「ふぅ、さて…と」
 入江くんを乗せたタクシーが走り去るのを確認し、そう呟き『晴海通り』の歩道を見回す。

 平日の木曜日の午後九時とはいえ、さすがに銀座、そして歌舞伎座前である…
 かなりの人々が往き来している。

 本当はこの後に、おそらく山崎専務が居るであろうクラブ『ヘーラー』へ連れていこうと思っていたのだが…
 かといって、一人で『ヘーラー』に、いや、律子の居ないあの店には行く気持ちがわかない。

 ましてや本当は、山崎専務には呼ばれてはいないのだから…

「ふうぅ…」
 さて、どうしたものか…
 まだ時刻が早いという心のゆとりと油断があった…
 それに、この銀座の大通りの人々の雑踏の騒めきが、なんとなく心を揺らがせてくる。

 だが、ふと、夜空を…
 銀座のビルの隙間の夜空を見上げる……と。

「あ…」
 晴れた夜空には、蒼く光る、細い三日月が浮かんでいた…

 蒼い月か…
 さっきの入江くんとのフェチ談義の余韻もあるのだろう…
 ふと、なぜか、蒼井美冴の姿が、いや、あの魅惑の黒いストッキング脚が、脳裏に浮かんできたのである。

「ふ…ばか……な」
 さっきの余韻と、常務室での美冴に全てを見透かされたかのような視線の動揺のせいもあるのだろうか、なんとなく、この蒼く光る細い三日月の鋭利さに彼女の視線をダブらせてしまう…
 そして見上げているせいなのか、一気に心身共の疲れを感じてきた。

 そうだ、今日は新潟出張も行ってきたんだっけ…
 それにゆかりたちとの対峙も…
 そして、あの、律子との淫らな疲れも…

「せっかくだ…帰って寝よう………」
 それは、自分自身の心に言い聞かせる呟き…

 わたしは手を上げ、タクシーを止める。

 

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