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シャイニーストッキング

第16章 もつれるストッキング5  美冴

 16 『カフェバー波道』

 カラン…

 アイビーの蔦が絡まる、やや色褪せた木製のドアを開けて店に入ると、控えめなドアベルの鈴が静かに鳴った。
 一歩、店内に入ると、静かなレゲエの調べと微かに漂うムスクの甘い香りが、心に小さな波紋をゆっくりと広げてくる。

 あ、美冴の香りだ…
 私はどうしても、このムスクの甘い香りから
『蒼井美冴』という女を、蒼い翳をイメージしてしまう。
 
 まさか…な………

「いらっしゃいませ、お一人ですか?」
 するといつものオーナーの彼とは違うスタッフが迎えてくれた。

「あ、うん、あれ、オーナーは?」
 なんとなく一人客という照れからなのか、思わずそう訊いてしまう。

「はい、オーナーは今日は私用で、まだ暫くは戻らないかと…」
 スタッフは知り合いなのか?、みたいな顔をしてきたから…
「あ、うん、大丈夫、カウンターいいかな?」
 そう応えた。

「どうぞ…」
 私はそう案内され、入り口からは観葉植物の鉢で陰になっている、カウンターへと導かれる。

 カウンターの右端の席には、壁の方を向いている女性が一人で座っていた…

「ありがとう」
 私はスタッフにそう告げて、席に座る。

 この店のやや照明を落とした感じと、静かな客の雰囲気に、なんとなく心が落ちつき、和んでくるようだ…

「とりあえず、ワイルドターキーのロックを…」
 と、オーダーし…
「ふうぅ……」
 と、吐息を、いや、ため息か…
 今日は新潟出張の朝から一日中、色々あった、いや、色々あり過ぎた。

 かチャ、シュッ…
 咥えたタバコに懐から出したジッポーライターで火を点け…
「ふううぅぅ…」
 煙を吐き、一息つくと、ゆっくりとニコチンがカラダ中に染み込み、少し、心のハリを緩めてくれるような感覚を感じる。

 すると…

「うふ…
 あら、ずいぶんな……ため息だこと……」

「えっ……」

 そう、不意に、二つ席隣の壁際に座っていた女から…

 あ、いや………このややハスキーな声は…

「こんばんは………」

「あ……」

 目の前の、ロックグラスの氷が『キン』と鳴き…


 蒼井美冴が妖しい目で微笑みを浮かべ…
 私を見ていた。


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