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シャイニーストッキング

第5章 絡まるストッキング4 和哉と美冴1

 73 5年前、あれから…(59)

 動揺でもない、怒りでもない…
 ただ、ただ、わたしは呆れてしまった、いや、呆れてしまっていたのである。

 情けない…

 せめて、自分の口で…

 自分の声で…

 自分の言葉で伝えられないのか…

 わたしはこの状態に、このマザコンさに、少しだけ残っていた旦那に対する愛情と、そして自身の不妊症という彼に対して持っていた憐憫の想いが、一気に消し飛んでしまったのだ。

 本当に情けない…
 わたしが今まで愛してきた男はこれ程情けない男であったのか…

 今まで築いてきた旦那に対する愛情が、この一瞬に、音を立てて崩れてしまったのである。

「………」

 わたしはこの心の想いを目に込めて、無言で旦那を見つめる、のだが、彼は頑としてわたしを見ようとはしてこない。
 挙げ句の果てには横を向いてしまったのである。
 それを見た瞬間に、わたしの心は完全に折れ、崩れてしまったのだ。

 わたしは…

 わたしは、悪くない…

 そしてわたしの心にはそんな想いが急に湧いてきてしまったのである。

 冗談じゃない、不妊症の夫婦なんて、不妊症を乗り越えた夫婦なんて世の中には沢山いるじゃないかっ、それを話し合いさえせずに、こんな一方的に…

 それまでの憐憫の想いが、怒りに変わったのだ。
 全てが、全ての想いが一変に醒めたのだ。
 
 もう話す気にもなれなかった…
 
 言葉を出すだけで、この目の前にいる母子と話す事だけで、わたしの心が汚れ、穢れる想いがしてきていたのである。

 もういいや…

 百年の恋も一変に醒める、とはこういう事なのであろう。
 この場に一緒に居る事が、いや、一緒の空気を吸っているという事にさえ、心の中に嫌悪感が湧き起こってきていたのだ。

 とにかくこの場に居たくない…
 わたしはバッグからペンと印鑑を取り出して署名捺印をした。

「あっ、あとこれも…」
 義母はそう呟きながら、もう一つの書類を出してきた。
 それは弁護士が作成した離婚の慰謝料についての承諾書件、領収書であり、小切手も添付されていたのだ。

 まあ、用意のいいことで… 
 その準備の良さに、怒りを通り越して本当に呆れてしまう。
 そしてその小切手に記された金額を見て驚いた。

 高級車が余裕で買える金額なのである…

 


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