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シャイニーストッキング

第8章 絡まるストッキング7      本部長大原浩一

 162 誘い…

「ごめん、お待たせ…」
「いや、5分と待ってないけど」
「あ、アイスコーヒーね」
 さすがに隣で美容室をやっているからここの店員とは顔見知りなのだろう、にこやかにサクッと注文する。

「お店は?」
「うん、明日から連休するからもう閉めたの、今はスタッフ達が後片付けしているわ」
 そんな自分の美容室の話しをする時は、ノンは一瞬、経営者の顔になった。

 へぇ、あのノンがなぁ…
 私はあの頃の、17歳までの自称
『絶望ののぞみ』のノンまでしか知らないのだ。
 その後の美容室経営者という現在に到るまでの彼女の事は、本当に、偶然、昨日カットして貰う為に来店するまで知らないのである。

「もお、何を見てるのよぉ」
 と、そんな想いでノンの顔を見ていたら、恥ずかしそうにそう言ってきたのだ。

「あっ、いや、あのノンがってさぁ…」
 本当に懐かしい、回顧、いや、邂逅の想いが湧いてきていた。

「もお、ヤダわぁ…
 実はさぁ、今朝、偶然にグラウンドでさ、こうちゃんとまた会っちゃったからさぁ、我慢出来なくなっちゃってさぁ…」
「我慢出来なくてって?」
「もお、馬鹿、意地悪ね…」
 恥ずかしそうにそう呟いてくる。

「い、一緒に御飯でも…って」

「あっ、そうか…」
 私自身も今朝のグラウンドで会って一緒に学童野球を見学していた時に、一瞬だけ、その想いが浮かんだのではあったのだが…
 連夜のきよっぺとの逢瀬の事や、毎晩の様に電話で話しをしているゆかりや律子、そしてたまに浮かんでくる美冴等との色々の事を考えると、あまりにも節操が無く感じられてしまい、誘いの言葉を呑み込んだのであったのだ。

 だが、やはりノンも同じ想いであった様である…
 いや、当然と云えば当然なのである。

 なぜならば思い返す事、今から約23年前…
 それまでの青春の、学生生活の全てを懸けて打ち込んでいた野球を、突然巻き込まれての交通事故によって再起不能となり、そしてそれまでの青春の代名詞であるきよっぺにフラれ、自暴自棄になっている処の高校2年の夏から卒業までの約1年半という時期に、
自称『絶望の…』のぞみ、ノンが当時の私の『希望ののぞみ』として存在してくれ、ほぼ毎日の様に傍に居てくれ、ある意味それからの高校生活を真っ直ぐなモノに支えてくれたのだ。
 
 
 

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