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60代の男性患者の左耳に噛みついたが、噛み砕く力が桁違いに凄くて、簡単に左耳が引きちぎれてしまった。

「キヤーーーーーーツ！」高音のカン高い声で、悲鳴を挙げる看護師の伊藤恵令奈。目の前で痩せた男性患者がゾンビ化した女性患者に襲われて、左耳から鮮血が流れ落ちるのを、真正面から目撃してしまったのだ。

伊藤恵令奈は年齢が28歳になる。現場のベテランまではいかないが、整形外科の看護師は血まみれの患者が、救急車で運ばれて来るのは日常茶飯事。だからちょっと、ぐらいのことでは、驚きはしないが今回は例外だった。

「恵令奈！私の手に捕まって、早くこの場を離れるのよ」

「ひ、ひぃーー！腰が、腰がぬけたわ」

伊藤恵令奈は、生まれて初めて腰を抜かしていた。この場を早く立ち去ろうとしたが、恐怖のあまり腰が思ったように、ご動かないのだ。手を差し出したのは、同期の坂東久美子だった。監視カメラが写し出した映像を見て、ゾンビ化した患者よりも、看護師の伊藤恵令奈の身が、危ないと判断していた、