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解けて解けば

第1章 いち

「また、会ってくれます?」

低い声が耳元で囁く。

「だから、私…」
「会ってくれないなら今ここで…」

は?それは困る!

「連絡先、交換しましょう!」
「…はい。」

柚木君はその端正な顔に満面の笑みを湛えた。
あの頃の可愛らしさが垣間見え、キュン!となった事は敢えて言わない。

「連絡します。」
「ほ、程々に。」

背中に冷たいものが混み上がってくるのを感じた。

「それじゃ、また。」
「き、気をつけて…。」

柚木君が見えなくなったのを確認すると、私は直ぐに今登録したばかりの連絡先を削除した。

今起きた事は全部、暑さで立ちくらんで見た幻。
白昼夢である。

「全部幻」

言い聞かせるように呟く。


店を出ると肌がヒリヒリする位の熱線。
まるで太陽が責め立ててくるようだ。
私は公用車に乗り込み、キーを回した。
鈍いエンジンの音はこの車の寿命があと少しであるサイン。

高温の車内にいたにも関わらず私はさほど汗をかかなかった。
コンビニで買った水はいつまでも冷たかったし、あまり減る事はなかった。


「お疲れ様、暑かったでしょ。少し休んでいって。お顔が真っ赤よ。」

訪問先のコミュニティセンターに着くなり、私は職員の方に心配そうな目で見られた。

「ありがとうございます。電光掲示板を見たら、今日は最高気温を更新したそうですよ。」
「どうりで!こんな日に外回りなんて大変ですね。」
「天気は都合を合わせてくれませんからね。」

はは、と苦笑いが洩れた。

「活動報告書、確かに預かりました。まとめてくださってありがとうございました。」
「遅くなってごめんなさいね。…今年は例年通りにはいかなかったから、予算も余ってしまって。他所ではどうしてるのかしら。」
「そうですね…児童館や地域の福祉施設に余剰分を寄附した、という所もありました。あとはウイルス対策としてマスクを住民に配布したり…。」
「なるほどね、うちもそうさせてもらおうかしら。」

生活を感染症に脅かされて一年。まだ驚異が去る気配はない。
地域活動もそれに伴い縮小の一途。毎年行われていたお祭りも 祭事のみ、行事も多くが中止になった。
地域の繋がりもどんどん薄れてしまったように感じる。

「寂しくなっちゃったな。」

高校時代はボランティア部に所属し、地域の様々な行事を手伝った事が懐かしい。








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