甘い蜜は今日もどこかで
第5章 【もし間に合うのなら】
「甘いよ……好きだけど」
今日、講義してみて改めて思った。
目の届く位置にジロウが居ることでどれだけ自信が持てたか。
安心して講義に全う出来た。
自分一人じゃあそこまで出来ていたかは不明。
バックミラーで目が合って、優しい笑顔。
私やっぱ、この笑顔が必要なのかも。
どんな顔も、きっとこの先ジロウには見せちゃう。
惜しみなく、全部。
「お疲れ様でした」
ジロウはこの後会社に戻って事務仕事するんだって。
マンションまで送ってもらって車は停車した。
「あ……ごめん、リップ落としちゃった」
「え、あ、どのへんすか?」
「うん、よく見えない」
シートベルトを外し運転席から後部座席に来てくれる。
車内灯を着けようとするから手を引いて座席に座らせた。
「ドア締めて」
「は、はい」
2人きりの車内。
少しだけ両手を広げた。
「?」な顔して目を丸くしてるジロウに少しだけお強請り。
「今日頑張ったでしょ?ギュッてして……ご褒美」
これくらいなら良い…?
距離感わかんなくなる。
甘えてみたけどコレ間違ってない…?
キスはしない。
ただ、抱き締めて欲しい。
明日は会えないから。
「いつも椿さんは頑張ってます、こんなご褒美で良いならいつでも」
何度も抱き着いてきたけど、今日の抱擁は優しいけど力強い。
髪もポンポン…と撫でてくれる。
頭を預けて膝がくっつく。
背中を擦った後、ギュッと肩を抱く。
「仕事、程々にね」
「はい、ありがとうございます」
きっと私から離れないとジロウ困っちゃうよね。
ジロウから放つ甘い香りに酔いしれる前に。
「帰る……」
「はい……温かくして寝てくださいね」
「うん、ジロウも」
いつも通りの笑顔出来てるよね…?
こんなひとつひとつの仕草に改めて意識しちゃうと普段していた事が出来なくなってくる。
「一瞬だけ…」とキスしたくなる感情を抑えてバイバイと手を振った。
静かに走り去る車をベランダから見下ろしてチクンと胸を痛めていた。