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幸せな報復

第19章 畑野浩志の観察

 浩志に対しはっきりと「好き」と告白したのに恵美に対する浩志の反応は以前として塩対応だった。恵美は浩志に好きと告白したのに伝わったのか分からなくなってきた。あの告白はいつもの妄想だったのではと思えてしまう。あれだけ勇気を振り絞って告白したのに、と本人は劇的な告白をしたと盛った思い込みをしていた。
 彼女の日常的な妄想が単に口から漏れただけの起こるべくして起きた事故だった。それを彼女は勇気を振り絞って告白した、と自分の都合のいいように記憶していた。彼女の脳は事実と妄想が交錯し経験も妄想と思い込むようになっていた。日常的な妄想が彼女の心をむしばみ始めていた。
 そんな彼女でも浩志が真剣な眼差しを向け自分に向かって好きと告白してくれた記憶だけは明瞭に記憶していた。
 だからこそ、彼女は意中の人からの思いがけない告白に有頂天になり舞あがって気持ちがこぼれ出てしまった。
 しかし、幸か不幸か、けだもの族の邪悪な心を得た恵美は浩志への愛情を現実の世界で育もうと行動するようになり始めた。
 つまり、恵美は勘太郎によってけだもの族の邪心を目覚めさせられ、その息子・浩志によって、嫉妬、愛情、博愛、そねみ、ねたみ、が現実社会で実行されようとしていた。畑野親子に対する愛憎は恵美の精神を強く奮い立たせていく。
「この手の愚図な男にはわたしからブルドーザーみたいに力強く前進していくのみよ」
 さすがの妄想少女も妄想しているだけでは明るいバラ色の人生はやって来ない、と少しずつ分かってきたようだ。
 彼女はかねて計画していたうちの一つ「浩志のノートを拾う振りして惑わす計画」を実行する時期と判断した。
 恵美の立てた惑わすとはバランスを崩し倒れそうだという状態を自然に作りながら浩志の胸に飛び込み顔を浩志の顔にくっつきそうになるくらいまで接近させる。恵美の上半身は浩志の胸に抱きついたまま両手は浩志の両肩に乗せて逃げられなくする。しばらく、恵美はその微妙な空気の中で沈黙を続ける。もう、次の瞬間、浩志が恵美とくっついたまま、だれかに見られたら言い訳できない、という近い距離だ。
 だが、二人は見つめ合ったまま目はそらさない。恵美は目を閉じた。30秒間、心臓の鼓動だけしか聞こえない。やがて、浩志が唇を重ねてくる。

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