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幸せな報復

第19章 畑野浩志の観察

「なんてこと…… するの? 最低の男ね」
 恵美の言葉に浩志が慌てふためく。恵美の右手は浩志の股間の膨らみを押さえつけていた。手のひらで刺激を受ける浩志は驚き口を開いた。
「畑野さん、どうか…… 許してください」
 浩志が声を震わせて言う。そんな浩志を無視するように彼女は蔑みの目で浩志をにらみつける。
「あぁーー 偶然に手を乗せたら…… こんなに固くしてほんと最低最悪な男ねぇー」
 恵美はあたかも偶然のごとく言うが、変わらず上から圧迫したままだ。浩志は全身を硬直させて恵美とがっしり抱き合ったまま動けない。
「わたしをこんなに強く抱きしめて…… どうするつもりなの?」
 そこで机の上のスマホから音楽が流れる。ダダダダーーーンダダダダーーーン オーケストラの合奏する「ベートーベンの運命」が部屋の空間に響く。
 彼女の妄想計画はこのように完璧なまでに実行される予定だった。
 ところが、妄想大好き少女の恵美に現実世界の浩志に対してそんなことをする度胸はなかった。いつも口先だけだ。浩志に抱きつく妄想をしただけで、現実、床に落ちた浩志のノートを当たり前のようにただ拾っていた。
「あぁーあ、わたし、またなの? この意気地なし、妄想女…… なんで浩志くんを前にすると何もできないのかしら?」
 彼女は物思いにふける少女を続けていくしか道はないのか。どうしてこの親子には何もできなくなって金縛り状態になってしまうのかしら、と彼女は毎度のごとく愚痴った。
 そのとき、彼女の手の上に浩志の手が素早く被さってきた。恵美はその手の重みと強く握られた手の痛みに驚いた。
「えっ、どうしたの浩志くん、なに? これって? どういうこと? もしかして、わたし、襲われてしまう? こういう時って、わたし、どうしたらいいの?」
 浩志がしゃがんでいた恵美に覆い被さるように近づいて来た。彼の大好きな体臭が勢いよく恵美の鼻腔から入り込み全身を駆け巡った。心地よい刺激が彼女の全身を弛緩させていく。

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