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幸せな報復

第20章 夏が終わって

 (もう、どうしたらいいのよ……)

 恵美はベッドに横たわり、天井をぼんやりと見つめた。
 思考は絡まり、解けない糸のように胸の奥で鈍く渦を巻く。こういうときは、いつもの“妄想逃避”に限る。頭のスイッチを切り、現実から意識を浮かせる。それで何度も難局を乗り越えてきた。

(未来のことは……シュミレーションすればいい。そう、神様がきっと、また……)

 ゆっくりと瞼を閉じると、脳裏に自然と浩志の姿が浮かび上がった。

「さあ……わたしは全部、隠さず見せる……心も、体も……全部……」
 恵美はかすれた声でつぶやく。
「あなたも……わたしに見せて……同じように……それができたら……」

 そこで、言葉が途切れた。息が止まる。
 胸の奥で、冷たい何かが蠢き出す。

――ふふん。結局それが、あなたの本性じゃない。
 わたしを切り離したのも、自分の“醜い部分”を隠したかっただけ。
 偽善者。
 笑わせないで――

 エルザの声が、突然、脳内に流れ込んでくる。言葉というより、棘のような感情そのものがぶつかってくる感覚だった。

(やめて……お願い……)

――ああ、やっと自覚できた? 自分がどれだけ卑劣で、欲深くて、偽りでできてるのか。
 恥を知りなさい、恵美。

(……っ!)

 声に押しつぶされそうになる。反論しようとするが、言葉が喉に詰まって出ない。自分でも、否定しきれない事実がそこにあった。

 結局、言い争いは途中でぷつりと途切れた。
 争ったところで答えなど出ないことは、二人とも理解している。
 分裂する前は、どんな状況でも“答え”が出せた。二つの人格が、互いに補完し合い、一つの未来像を描けていたから。

(こんなこと……こんなこと、わたし一人で……)

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