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幸せな報復

第20章 夏が終わって

(やめて、ほんとにやめて! わたしは……アイドル……人から好かれて……みんなに尊敬されて……そう生きてきた…… だから、あなたを追い出したんでしょ?)

――それこそが、仮面だって気づいてるんでしょ?
 恵美! あなたが一番自分を嫌ってるのよ。
 清廉潔白なんて、あんたの仮装パレード。
 もっと、裸の声で叫んでごらんなさいよ。電車の中と同じ気分になりたいのでしょ……? ――

「……違う……あれはエルザ……あの感情は、わたしじゃない……! あなたよ!」

 声に出した瞬間、部屋の静寂が不自然に戻ってきた。脳裏のざわめきも、一瞬だけ止む。

(……浩志くんに罠を仕掛けようだなんて……考えたこともない。彼を傷つけたいわけじゃない……)

 だが、エルザは静かに囁くように返す。

――でも、考えたのよね? 彼を“自分だけのもの”にする方法を。
 その方法が、無意識の中に潜んでいたとしたら?
 浩志を“選ばせる”んじゃなくて、“追い詰める”方向で。
 まるで最初から、あなたの体ごと、彼を巻き込むように。彼に電車の中の痴漢事件みたいなことをさせようというの? ――

(そんなの、わたしじゃない……!)

――でも、わたしはあなた。あなたはわたし。分離しても、いつの間にか…… 脈の奥ではすぐに混ざってくる。

 ……ねえ、ほんとうに“分離”なんて、できたのかしら?――

 恵美の喉が乾いていた。深く息を吸い込んでも、肺の奥がざらついていた。まぶたの裏には、エルザの笑う口元が浮かぶ。追い出しても、入れないようにしても…… 彼女は、いつでも容易に戻ってこられる場所を知っている。

(清らかな私だけじゃ……この気持ちが……彼には届かないの? それとも、こんな歪んだ私でも……愛されるの……?)

 その問いの答えを、彼女はまだ知らない。
 ただ、わかっているのは――自分の中の“何か”が、もう一度目を覚まそうとしていることだった。
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