テキストサイズ

幸せな報復

第20章 夏が終わって

(あたし、何をしてるの……? いや、これは……わたしじゃない……)

 恵美の脳内に、チアリーダー時代の掛け声のようなリズムが無遠慮に流れ込んでくる。だがその声はどこかねじれていて、まるで古びたスピーカーから漏れ出すノイズのように歪んでいた。

――ワンツー、ワンツー……ほら、その腰をくいっと……ひねって、揺らして…… 突き出してぇー
 見て、見てぇ……あの子、もうすぐ堕ちていくぅ……ドンドン……グングン…… 真っ逆さまにぃ…… 堕ちちゃぅー ――

 その声は明らかに「エルザ」だった。甲高く、愉快げで、どこか哀れみすら含んでいる。だが、その愉悦の裏には悪意のようなものが潜んでいた。

「やめて……もうやめてよ……!」

 恵美は耳を塞いだが、音は外からではなく、自分の奥深くから響いている。自分自身を消すことはできない。どんなに拒んでも、エルザはそこにいる。

――あらあら、あきれるほどの自信があったくせに? オスの本能をくすぐる術くらい知ってたんでしょ? 今まで何度もオスをたぶらかして痴漢されて、楽しんできたじゃない? あれってつまり、あなたからあふれさせた“けだものの匂い”ってことでしょ?
 わたしを追い出したって隠せやしないわ――

(いやいや、そんな……そんなふうに思いたくなんかない……! わたしは絶対、誘い込んでなんかいないわ!)

 エルザの声はざらついたレコードのようにループし、彼女の理性の上に追い出してもまた静かに降り積もっていく。

――ねえ、浩志くんだけは違う? 特別? それならどうして、あんなに怯えるの? 本当は、触ってもらって確かめたいだけなんじゃないの?
 自分がどれほど平常から“逸脱した存在”なのかってことをさ――

ストーリーメニュー

TOPTOPへ