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幸せな報復

第6章 転落

 畑野勘太郎はたまたま乗りあわせた亡き妻に似た女性に魅入られた。妻を失ってから妻以外の女性に関心がなかった。しかし、その女性に出会えたら、女性に対する性欲を抑えられなくなった。気が付いたら、彼女に痴漢していた。彼は今まで築いてきた信用を破壊することなっていく。

 そのとき、ガタンと電車が揺れた。乗客が車両の右側に姿勢を崩した。彼は傾いた姿勢を真っすぐに正した。彼は目の前で彼女からにらまれている顔をそらしてから目をつぶった。
「痴漢でーす」
 彼は彼女の叫ぶ声が聞こえた。彼は次々と巻き起こる破滅への現実を見ることが怖くて目を開けられなかった。目を開かなければ妄想ですみそうな気がしていた。そう思いたかった。しかし、彼は周囲から乗客の罵声を聞いた。
「こいつー いい年して馬鹿やってんじゃねーよ」
 彼は力強く罵る男の声を浴びながら両脇を力強く押さえられ次の駅で降ろされた。彼はホームに膝を着けて座らされた。
「こらぁー 逃げんじゃねーぞ」
 彼は正座させられると両肩を上から押さえ付けられた。駆けつけた駅職員と思われる声が聞こえてきて足音が彼を取り囲んだ。
「さぁ、駅長室でお話を聞きましょうね、立って」
 駅員が彼の両脇を抱え込まれ立たされた。彼はなおも目を開けられなかった。
 次の瞬間、地表が揺れ彼は立っていられなかった。初めてまぶたを開いた。目の前に人がいっぱいいた。満員電車の中だった。
「あぁ、やっぱり夢だった」
 彼は心中でほっとする声を上げた。彼女は1人置いた先にいて、潤んだ瞳で彼をじっと見ていた。彼は彼女を見て思った。
「さっきまでの夢だ…… 助かったぁ……」

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