無料で楽しめるちょっと大人のケータイ小説

　彼は心中でつぶやくと息を大きくはいた。彼はうれしさと安堵で満たされた。そのとき、ガタンという音とともにまた大きく車両が揺れて乗客全体が左側に動いた。彼は体勢を正すと、彼女が彼の隣に立っていた。彼は彼女に顔を向けると、彼女は顔を向けていた。
「やっぱり仁美に似ているな……」
　彼は今更のように考えながら、さきほどの妄想が現実にならないよう彼女の横に垂らしていた右腕をあわてて頭上のつり革に移そうとした。そのとき、垂らしていた右腕を上げようとするとき、右手の甲が彼女の腰から腕の側面に掛けて瞬時になでるように触れてしまった。彼の手の甲に彼女の柔らかな肉感が伝わってきた。
「あぅっう……」
　彼女が声を出したように聞こえた。それと同時、彼女は体をわずかに前傾させ体を彼に預けるように圧力を掛けてきた。
「誘っている？」
　彼は直感的に思った。そのとき、電車は門前仲町駅に到着し、乗客の半数が乗り換えのため降りていく。その流れに押し出されるように彼もはき出されるようにホームへ降りた。彼は痴漢という犯罪を犯した。勤勉な彼はそんなよからぬ妄想を抱くこと自体、彼には犯罪だった。よりによって仁美に似た女性に痴漢をする妄想をするなんてやってはいけないことだった。
　彼はいたたまれなくなり人の流れをかき分けホームの階段を駆け下りた。横に伸びる通路に駆け込むと床に尻を付けて座った。その姿勢のまま、通路に顔をそっと出した。通路は歩く人々で行き交っているだけだった。彼は痴漢をしていないのだから追いかけられることはない、と思っていた。痴漢と思った行動は妄想だった、と彼は言い含めた。