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幸せな報復

第11章 恵美の訪問

 畑野勘太郎が通勤経路を変えて3カ月が過ぎた。3カ月前の痴漢事件を発端に勘太郎の性格に異変が起きていた。彼は今まで誠実に行動し人生を生きてきたが、あの事件から被害女性から逃げ、罪を償うこともせず、最低な人間に成り下がっていた。幸いにして痴漢した女性が騒いでいないので事なきを得ていた。
 卑劣な最低な男に成り下がった彼は3カ月前から通勤経路を変え、痴漢事件という汚点を自分の記憶から葬り去ろうとしていた。自ら犯した罪を消し去り、被害女性を作ったことを忘れようとした。彼の誠実に生きてきた過去の信頼が痴漢という卑劣な行為で崩壊した。自分が情けなく、後悔すればするほど罪の意識が増幅した。増幅すればするほど彼は己の卑劣さを痛感し、被害女性を作った己の非道を非難した。
 本来であれば、痴漢などしなければ、彼女に初めて会った翌日、愛の告白をしたかもしれない。その明るい未来を思い描けなかったため痴漢をしたのだろうか。正統に誠実に彼女と交際するのではなく、彼女に犯罪者として関わりたかったのか。
 なぜそんな考えに及んだのか。なぜそんなことに気が付かず犯罪者の道を選択したのか。やはり、以前、彼が妄想したように彼女に犯罪者呼ばわりされ、脅迫されたかったのかもしれない。彼女に拘束され罰を与えてほしかったのかもしれない。
「僕はあなたに痴漢をしてしまいました。どうか、お許しください」
「あなた、あたしをなめているの? 許す訳がないでしょ。あなたは犯罪者よ。あたしに一生償うのよ」
「一生? どうやって?」
「何を言ってるの…… あたしの奴隷となって償うに決まっているでしょ」
 彼はそういう展開を妄想した。
 しかし、痴漢した彼は彼女に謝罪することなく逃げた。彼女と隷属的な関係を持ってもいいと思っていたが、仁美に似た彼女は心は清楚で男を性の奴隷のようにするなんてあり得ない、そんな性癖を持つ訳がない、と思い込んでいたからだ。

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