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幸せな報復

第11章 恵美の訪問

 だから、彼女との関係から逃げたことは彼女から完全に嫌われ敵対されて当然の振る舞いだった。罪を認め罪を償ったうえで彼女との関係を切る。それが人間として生きていく上でのケジメだった。そのケジメから彼は逃げた。それを知っているから、彼は通勤経路も変更して、彼女を忘れよう、そんな固い気持ちで一之江駅を利用していた。そんな決意をしていたのに、彼は彼女への愛を消し去れなかった。
 もし、彼が通勤経路を変えた理由を浩志が知ったらどう思うだろう。
「最低だね…… 父さん」
 彼はそう言うだろう。さらに、恋心を抱く女性・恵美が父に痴漢をされたと知ったらどう思うだろう。「鬼畜」と言うだろうか。
 しかし、浩志は未来永劫、その事実を知ることはなかった。なぜなら被害女性である恵美が浩志に知られることを避けたからだ。
「あの痴漢男を懲らしめてやる…… 心が壊されたあの男に復しゅうを……」と彼女は事件後、誓った。痴漢男が浩志の父親と知ったとき、彼女の心は小躍りし歓喜した。
 彼女は浩志と結婚し、痴漢男の義父と同居し復しゅうする未来を描いた。彼女はその未来にワクワクし希望があふれた。復しゅうしかなかった彼女の心に希望が生まれた瞬間だった。父親に報復することで得られる喜びを思い描くと恵美はじっとしていられなくなった。
「行動するのみ」
 彼女の言葉の意味することは彼女しか知らない。愛する恵美がそんな報復を考えているなんて、何も知らないで幸せな顔をしている好青年の浩志。彼女はすべての人の幸せを願っている浩志が好きだ。彼女に浩志との破局は幸せの象徴を手放すことと同じだ。彼女はそんな愚かな行動をするつもりはない。彼女は二つの幸せな顔の虜になっていた。
 あの日、恵美は痴漢された翌日、痴漢男を発見した。犯罪者は現場に戻る、とミステリー好きの彼女はドラマを見て信じていた。だから、ホームの上で痴漢男を待っていた。案の定、男が現れた。恵美を見つけた男は逃げたつもりでいたが、賢い恵美は巻かれたと見せて、隠れて追跡し自宅を探り当てた。そして恵美は男の家族も探るため遠くから様子をうかがっていた。

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