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幸せな報復

第12章 始まり

「ちょっといきなり厚かましいですけど、夕食、ご一緒してよろしいですか?」
 勘太郎の直ぐそばで恵美が話しかけてきた。勘太郎には電車の中でのことがよみがえるほどの距離だった。
「そんなとこに二人で立ってないで早くあがって……」と、浩志がいらだちながら声を出してこなければいつまでも二人で立っていたかもしれない状況だった。
「お邪魔しまーす。さあ、お父さん、あがりましょ」
 勘太郎は履いていた靴を脱いだ。その後に恵美も続く。先に浩志が台所に入っていって姿を消した。勘太郎が浩志に続こうとすると、背中に何かが当たった。
「懐かしいですね……」
 小さい声でそう言いながら恵美が背中に自分の体を押しつけてきた。勘太郎には理解できない恵美の行動だった。勘太郎はやはり彼女は覚えていた。しかし、なぜに、すり寄ってきた? 勘太郎の心がざわついた。彼女は仁美にそっくりで好意は抱いていたが、今は違う。痴漢と言う犯罪をしてしまったという負い目が彼女にある。それがざわつかせているのか。勘太郎は思考が停止するような出来事ばかりで1秒先も明暗が見えない、と恐怖した。その一連の恐怖はこれから彼が恵美から受けることになる幸せな報復の始まりだった。

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