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幸せな報復

第15章 接近する恵美

「お父さんが心配で大急ぎ食材を買って馳せ参じました。もう、大船に乗ったつもりで養生なさってください。失礼しますー」
 恵美はたたきから靴を脱いで上がりかまちにあがった。
「お父さん、これ…… 台所へ持って行きますので。お父さんは取り敢えずもう寝てください。それともお医者さんに行きますか? それならわたしもご一緒しますけど……」
 勘太郎は恵美に一人で来た訳を聞こうとしたが、その隙も与えられず家の中に入られてしまった。浩志と二人で来てもらうぶんには何の問題もないが、この家の中で若い女性と二人きりはまずいと感じた。それも相手が覚えていないとはいえ、痴漢をしてしまった女性だ。相手が覚えていないことをいいことに招き入れてまた衝動的に犯行をしたらと思うと落ち着かない。
「まずい、まずい、痴漢した女性と二人きりは…… だいたい、浩志はなぜ来ない…… 今度は痴漢どころではなく、二人きりになったら理性を失い、恵美を力尽くで押し倒し行くところまで行ってしまいそうだ。そのくらい、恵美は勘太郎にとって今でも特別な女性だった。だから今まで浩志の友達だからと自分に言い聞かせ恵美のことを考えないようにしてきた。
 勘太郎は二人だけになってしまった状況にどう対処したらいいのか考えがまとまらない。頭がますますクラクラしてきた。彼はまずは台所のテーブルに座り恵美を帰す話をしようと考えた。まだ立っているのが辛いからすぐに座りたかった。勘太郎は台所に向かおうとふらつく足を前に進めた。その後ろを追うように恵美も付いてくるのが分かった。
「恵美さん、暑かったでしょう、冷たいお茶でも飲みましょう」
 勘太郎は恵美を台所に誘う言葉を掛けてから歩き出した。すると、背中に圧力が掛かった。恵美が背後から勘太郎の上半身を両腕で締め付けてきた。
「恵美さん、何をするのですか?」
「後ろから見てたらお父さんがふらふらで倒れそうなので支えています。あたし、腕力に自信がありますから心配ご無用です」
 勘太郎は後ろを振り向こうとしたが、すごい力で抱きしめられて動けなかった。背中に何か固いものを押し付けられていて痛みが走った。

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