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幸せな報復

第15章 接近する恵美

「うう、痛いー」
「あっ、お父さん、ごめんなさい…… やはり男性の体重を支えるのはつらいです……」
 恵美が言い訳のように言うが勘太郎にはなぜか背中をかじられている気がする。彼女が話しているときは痛みがなくなり、話を終えるとかむのだ。なぜ、彼女がそんな奇怪な行動をするのか理解できない。勘太郎は、このとき、恵美を家に向かい入れたことを後悔した。
「お父さん、大丈夫ですか?」
「恵美さん、ねえ? 僕の背中を…… かじってませんよね」
「えっ? えっ、何ですか? 意味が分かりません…… かじる? そんなことする訳ないです」
 勘太郎は痛みに気を取られ気付かなかったが、視線を腕より下に移動させると恵美の手にレジ袋が握られていた。この前と同じ状況である。そうと知っていても勘太郎は恵美の手をまた重ねるように握ってしまった。
「やはり、お父さんは…… わたしのこと……」
 勘太郎は恵美の次の言葉を待ったがそれきり沈黙してしまった。それでも、後ろから抱きしめられ相変わらず背中の痛みは消えない。勘太郎はいつしか痛気持ちいい感覚が心地よくなってきた。
「また…… 握ってしまった……」
「いいんです、お父さんの病癖ですから…… 知ってます……」
 勘太郎はその言葉に度肝を抜かれるほど衝撃を受けた。
「恵美さん…… やはり…… きみは?」
「もちろんです……」
 恵美はそう言って勘太郎の背中に歯を押し付けてきた。前歯で背中の肉を甘噛みしてくる。
「恵美さん…… うう…… 痛い」
「でも…… お父さん…… この痛みが心地いいんでしょ? あたし、知ってますから……」
 恵美の両腕で勘太郎は背中からしっかり抱きしめられていた。勘太郎は恵美の甘い体臭を必死に吸っていた。恵美の体臭を吸っていないと今にも窒息してしまうのではないかと思うほど息を荒くして吸い続けた。あの日、満員電車の状況を彷彿とするほどの甘い匂いだった。

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