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時給制ラヴァーズその後の短編

第2章 まつり浴衣は夏の華

「夏祭り?」

 ぼんやりと眺めていたチラシに影が落ち、それと一緒に訝しげな声が降ってきて、俺は応えるように視線を上げた。
 上からそれを覗き見ていたのは、同居人であり恋人である慶人。

 風呂上りで髪がぺたりとしている分いつもよりは少し雰囲気が柔らかいけれど、やっぱり眉を潜めた顔は恐め。慶人は元がクールで鋭い目つきをしているから、少し顔をしかめるだけで恐くて近づきづらい雰囲気が出てしまうんだ。
 でも、さすがに一緒に住んでる時間が長くなってきてわかるようになった。これは興味がある表情だ。

「なんか配ってた」

 だから隣に座ってきた慶人に「城野にもらった」とそのチラシを渡す。
 城野は俺と慶人共通の友人。顔が広く色んな知り合いがいるから、頼まれ事も頼み事もなんでも来いの頼れる男で、俺たちもその縁で知り合った。だから友達で恩人だ。その城野がこうやってチラシを配っていたということは、これも誰か知り合いが関わっているんだろう。
 そんなチラシの内容は、慶人が言ったとおり夏祭りの知らせ。
 前は近くの公園で小規模でやっていたものを、今回は駅前で少し派手にやるらしい。

「今度の土曜だって。行ってみる? ちょうどバイト休みだし」
「休みなのか? 土曜なのに」

 前から続けている居酒屋のバイトは、以前ほどに詰めて入れていないけれど、それでも土曜は忙しい日だから大抵シフトを入れている。だから休みなんてのは珍しいんだけど。

「前に言ったじゃん? 一緒に働いてる人に、彼女とデートするためにシフト替わってくれって言われたって。そいつが振られちゃったらしくて」
「ああ……」
「今は忙しくしたいから、土曜日代わりに入りたいんだってさ。で、せっかく休みになるんだったら慶人とデートしたいなーと思ってたとこにこの話が来たから、どうかなって思ってるんだけど。いかがですか慶人さん」
「天が可愛い」

 デートしませんかという問いの、返事の代わりに与えられたのはだいぶ濃厚なキス。
 頭の後ろに回ってきた手が、丁寧な強引さで逃げることを許さない。

「んっ……ちょっ、答えになってないっ」

 風呂上りの冷たいスポーツドリンクのせいで冷えた唇が、何度も何度も張り付いて、最後にちゅっと音を立てて離れる。それから慶人は俺の頬を撫で、嬉しそうに微笑んだ。

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