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デリヘル物語

第2章 take2



僕は口に手を当てて、吐き気を必死でこらえながら玄関へと向かった。先程のセールスマンにもらった本の内容があまりにも衝撃的で暴力的だったために吐き気さえ込み上げてきたんだ。おまけにその映像が頭の奥深くにまでこびり付いていてなかなか消えなかった。それをどうにかして拭いさろうとだからあの時は必死だったんだ。思考回路ももちろん正常とは言えなかったろう。それ以前とそれ以後に感じた諸々の違和感をまったく素通りしていたんだからな……。


玄関までなんとか吐かずに辿り着くと、僕は、ドアノブに手をかけて扉を開けた。すると、そこには、中年の男と若い女が立っていた。


その懐かしい光景に安心感に似たようなもの感じたが、それはほんのつかの間の事で、男の方と目があったとたんに、しまった、という気持ちになった。そうだ、この男と目を合わせてはいけない、そう思い出したが、もはや時すでに遅しだった。僕は結局この男を止める事が出来ず、とっさに目を閉じて両手で耳を塞ぐ事しか出来ずにいたんだ。


そんな僕に男はやはり容赦なく言った。「高橋さん、お待たせしました!かれんさんの……」


それは、男が例のセリフを言い終わる頃だった。バチンっと言う鈍い音が聞こえて、すかさず目を開けると一粒の赤い滴が僕の目の前をかすめた。それと、ほぼ同時に「いだいっ……」と、どうやら男のものらしき悲鳴が聞こえて、男の方を見ると、男は鼻から唇にかけて鮮やかな赤い二本の柱を立てていたんだ。


えっ、なにっ……と、驚いている間もなく若い女が男に向かって言った。


「おい、こら田口、あたしの本名言うんじゃねぇ、って何回も言ってんだろうが!」それから次の瞬間、女は田口なる男の鳩尾(みぞおち)に拳をめり込ませた。


「ぐはっ……」男はその身体を使って実に見事なまでに『くの字』を描いた。


そんな男の前で、女はおもむろに右手を左手で覆うと、指の骨をポキポキと鳴らし始め、それから吐き捨てるようにして言った。「てめえ、今度あたしの本名言ったらあべしと言うまで、許さねぇからな」


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