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デリヘル物語

第2章 take2



男はどうにか姿勢を保ちながら「さっ、さーせん……かりんっ、しっ、しまっ……」と言っている最中だった。再び女は男の鳩尾に拳をめり込ませて、今度は、ぶぉすっ、という音が聞こえ、その直後に男は「ひでぶっ」という悲鳴をあげながらその場に膝から崩れ落ちていった。


その様子を見ながら、女は「てめえ、いつになったらあたしの源氏名ちゃんと言えんだよ……」そう言ってすでに骸(むくろ)のように横たわっている田口の腹を、ヒールのつま先で蹴ろうとした。


「だめだ、あけみさん。それ以上やったらこの人死んぢゃうよ」


谷崎俊樹――あのセールスマンにもらった本の内容は、あまりにも強烈で、あまりにもえげつなく、あまりにもグロテスクで、そのうえ、あまりにもしぶとく僕の脳のニューロンの隅々までをも支配していたんだと思う。幸いにも精神の崩壊は免れたが、それに等しい影響を及ぼしたのは確かだったろう。


その時、なぜかとっさに僕は中年男を庇うように女の前に立ち両手を広げたんだ。


「どきな、坊や」女は僕に向かって言った。「それとも、あんたもこの拳のえじきになりたいのかい?」そしてまたしても指の骨を鳴らし始めた。


「もうやめようよ、こんな事」僕は怯まずあけみさんに言った。


「ほうっ……ならば、あんたがこのあけみ様の相手をするとでも言うのかい」


「そ、そんな、相手なんて僕は――僕はただ、あけみさんにこんな事はもうやめようって言っているだけだ」


「ふっ、このあたしに楯突くとはいい度胸じゃないか。いいのかい、坊や、あたしはたとえ客だとて容赦はしないんだぞ」女はまたしても指の骨を鳴らし始めた。


その時、中年男が意識を取り戻した。「か、かれんさんっ、その人に、手を上げてはいけませんっ。て、店長にまた怒られます――僕がっ」


「田口、貴様は黙ってろ」彼女はそう言って、僕の身体を軽く払いのけると、田口の腹をまるでサッカーボールの如く蹴り上げた。


ぐはっ……と、男の身体が床から少しだけ浮き、そして男はまた意識を失った。


「なっ、なんで僕のいう事がわかってくれないんだよ」


「あんた――まさか泣いてるのかい、この男のために……」


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