デリヘル物語
第1章 初めてのおつかいならぬ初めてのデリヘル
あの日、ピンポーーンというチャイムの音が突然僕の部屋の静寂を打ち破った。
その音は意外にもどこか優しい感じのする音で、でもそのチャイムを聞いたとたん、僕の心臓の鼓動はまるでハードロックのドラムなみに高鳴り始めたんだ。ドックドク、ドックドクと激しくビートを刻み始め、一向におさまる気配を見せなかった。だから僕はとてつもない不安に襲われたんだ――非常にまずいぞ。このままでは、おそらく、ドラマー不在のどこかのバンドにスカウトされてしまうのではないか。それもドラマーとしてではなく楽器のドラムそのものとして……。
そんな不安をかかえ、なおかつ、部屋の真ん中に座禅を組んで座り、悟りの境地に達する寸前だった僕は、ゆっくりと立ち上がり玄関へと向かった。その時心臓の鼓動はもはや16ビートをとうに越え、限りなく24ビートに近づいていた。
がちゃり、と、僕がドアを開けると音がした。
目の前には見知らぬ若い女性と見知らぬ中年の男性が立っていた。そしてその男の方が、僕と目が合うなり開口一番言った。
「お待たせしました、高橋さん!あけみさんの登場で〜す!」
おそらく、その時、僕がもしコルトパイソンを……いや、この際トカレフでもいい。もし、そのどちらかを右手に持っていたならば、その中年男の眉間めがけて思いっきりぶっ放していたであろう。だが、しかし、幸いにもその時の僕は丸腰で、ピストルはおろか凶器になり得るであろう物は一切所持していなかった。だから、ピストルのトリガーを引くように僕は思いっきりドアノブを引っ張ったんだ。
ばたんっ! と、扉を閉めると音がした。
「いえ、高橋ではありません。人違いです」と僕はドアの前で弁解するように言った。
それから――な、なんてやつだ! こんなにも空気の読めないやろうが、この世の中にはまだ存在するのか……。やはり世界は僕が思っているよりも広いんだ、などと玄関に立ったまま、僕は、呆れるのを数光年ほど通り越してむしろ感心していたんだ。すると先程の声が、中年男の声がドアの外から聞こえてきた。