
自殺紳士
第13章 Vol.13:孤独の駅
【孤独の駅】
大抵のことは、心を凍らせていれば、
なんとかやり過ごすことができる。
私は、ずっとそうして生きてきた。
でも、それができなくなる時がある。
例えば、
本を読んでいて、とても感動したのに、
それを分かち合える人が自分にはいないと気づいた時。
例えば、
明るい日差しの中を歩いてて、幸せそうに歩く家族を見た時。
そして、例えば、
誰もない駅舎で、ただ、孤独な家に帰るための電車を待っている時。
胸が苦しくなって、
目の奥が痛くなる。
メガネを外して、
顔を両手で覆った。
辛い・・・な・・・
うなだれて、電車を待つ。
夜の駅舎を白銀灯が寒々と照らした。
身体が、冷えていく。
もう、何年も温まっていない、私の身体。
温められることのない、私の心。
崩れそうになるのを、両の腕で抱えて、なんとか、一日。
また、一日
そして、一日
疲れたよ・・・。
ゴウ・・・と風を巻き上げて、
急行列車が過ぎた。
一瞬のビジョン
『私』がその列車に、攫われ、消える。
そうなれば、もう・・・
いや・・・ダメだ。
私は頭を数回振って、
その馬鹿げた考えを追いやろうとした。
でもそれは、幾度振り払っても
何度も、何度でも暗い地面から這い上がって、
足にまとわりつき、背中を這い上がって、脳を犯す。
それは、嗚咽になって、涙になって
あゝ、吐き出せたら楽だろうに・・・
私はそれを、また、腹の中に呑み込んだ。
ただ、呑み込んだ。
「次の電車・・・着ますよ?
終電だそうですが・・・」
話しかけられてハッとする。
顔を上げると、一人の青年が私の顔を覗き込んでいた。
黒色のスーツ
かろうじて黒ではない濃紺のネクタイ
なにか、妙な、違和感がある。
そうか・・・
何も荷物を持っていない、
夜とは言え、暑いのに・・・スーツ姿で
汗ひとつかいていない
先程までいなかったはずなのに
まるで、突然そこに湧いたようだった。
私がぼっとしていただけだっただろうか?
具合が悪いと思われたのかもしれない。
ベンチに座る私に目線を合わせるように、青年はしゃがんでいた。
具合・・・そうね、
悪いかもしれない。
光る電車が向こうに見える。あれが、終電なのだろう。
私は『ありがとう。大丈夫です』と言って、立ち上がろうとする。
大抵のことは、心を凍らせていれば、
なんとかやり過ごすことができる。
私は、ずっとそうして生きてきた。
でも、それができなくなる時がある。
例えば、
本を読んでいて、とても感動したのに、
それを分かち合える人が自分にはいないと気づいた時。
例えば、
明るい日差しの中を歩いてて、幸せそうに歩く家族を見た時。
そして、例えば、
誰もない駅舎で、ただ、孤独な家に帰るための電車を待っている時。
胸が苦しくなって、
目の奥が痛くなる。
メガネを外して、
顔を両手で覆った。
辛い・・・な・・・
うなだれて、電車を待つ。
夜の駅舎を白銀灯が寒々と照らした。
身体が、冷えていく。
もう、何年も温まっていない、私の身体。
温められることのない、私の心。
崩れそうになるのを、両の腕で抱えて、なんとか、一日。
また、一日
そして、一日
疲れたよ・・・。
ゴウ・・・と風を巻き上げて、
急行列車が過ぎた。
一瞬のビジョン
『私』がその列車に、攫われ、消える。
そうなれば、もう・・・
いや・・・ダメだ。
私は頭を数回振って、
その馬鹿げた考えを追いやろうとした。
でもそれは、幾度振り払っても
何度も、何度でも暗い地面から這い上がって、
足にまとわりつき、背中を這い上がって、脳を犯す。
それは、嗚咽になって、涙になって
あゝ、吐き出せたら楽だろうに・・・
私はそれを、また、腹の中に呑み込んだ。
ただ、呑み込んだ。
「次の電車・・・着ますよ?
終電だそうですが・・・」
話しかけられてハッとする。
顔を上げると、一人の青年が私の顔を覗き込んでいた。
黒色のスーツ
かろうじて黒ではない濃紺のネクタイ
なにか、妙な、違和感がある。
そうか・・・
何も荷物を持っていない、
夜とは言え、暑いのに・・・スーツ姿で
汗ひとつかいていない
先程までいなかったはずなのに
まるで、突然そこに湧いたようだった。
私がぼっとしていただけだっただろうか?
具合が悪いと思われたのかもしれない。
ベンチに座る私に目線を合わせるように、青年はしゃがんでいた。
具合・・・そうね、
悪いかもしれない。
光る電車が向こうに見える。あれが、終電なのだろう。
私は『ありがとう。大丈夫です』と言って、立ち上がろうとする。
