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キセキ

第3章 Vol.3〜雨の診察室

ーこの世の何処かに『大丈夫』と言ってくれた先生がいる。
 もし、今の主治医が母を治せなくても、
  先生のところに連れていけば、必ず母は良くなる。
 ボクは思っていました。
 ボクにとって、先生は『キセキ』だったのです。

ー母は天寿を全うしました。
  ボクは先生にお礼を言いに来ました。
 母のことを伝えに来ました。

男性は、深く頭を下げた。

思い出した。
ちょうどこんな細雨の夕暮れ、
まだ若く、大学病院に勤めたての私が担当した患者。
その患者の子どもが、30年も経ってから、私を訪ねてきたのだ。

若く未熟な私が言った言葉を
 『大丈夫』などというありきたりな言葉を
この男性はずっと心に留めていた。
 ずっと支えにしていたのだ。

私の瞳も揺れていただろうと思う。

窓の外の細雨が止まった気配がした。

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