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コーヒーブレイク

第4章 十字架を背負うとき

私の父は腕のいい植木職人だった。
パチンコで一喜一憂するぐらいの平凡な人間だった──はずなのに。
何がきっかけだったのか、私が中学三年生になった頃から、酒乱のDV亭主となった。

母を執拗に殴り、蹴り、鼻血ぐらい出ないとやめないようになり、いろいろな物も壊した。

母は、私に家事ひと通りを教え終わると、年末の慌ただしさに紛れて、失踪した。
実家にも一切連絡しない、覚悟の蒸発だった。

母は、父の暴力を自分への憎悪と捉え、自分がいなくなれば、平和が戻るとでも考えたのか。
本当のところはわからない。

ただ、暴力の向かう先が私になっただけだ。

娘の体に傷をつけて学校でバレないように手加減してるつもりらしいが、アザはできた。
2月の終わりには、ガラス戸に倒れこんで、何針も縫うことになった。よくごまかせたものだ。

飲む。殴る。パチンコ。
毎日がその繰り返し。
地獄だった。

その夜──

虫の居どころが悪かったのか、その日は、かなりひどく殴られた。
暴虐のあと、鼻血で汚れた畳に伏せて、荒い息をしている私。
何事もなかったかのように、パチンコ屋行きの支度をする父。

私は、見送った。止めなかった。

父は飲酒運転の常習者で、パチンコ屋へは必ず商売道具の軽トラックで行っていた。
負けて帰ると黙って寝てくれたし、たまに勝つと千円ぐらい分け前をくれたりした。

下手に止めると、また殴られるだけだ。何の得もない。

私は、止めなかった。

その夜──

父が出掛けて一時間ぐらいで、警察から電話があった。

父の軽トラックはガードレールを突き破って川に落ち、大破。
シートベルトをしていたにも拘わらず、父は即死だった、と。

そして──

父はその直前に、自転車に乗った女子高生を跳ねていた、と。

彼女の死亡は、たった今、確認された、と。

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