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コーヒーブレイク

第6章 歩きだすとき

快晴だった。

私と久美は、公園のベンチで缶コーヒーを飲む久しぶりの時間を持てた。

ブラスバンドのダンスの練習も佳境に入っている。

あの事故が何日も昔のように思える。

「規子の身の上話はいつも『からたちの花』で終わるが、そのあとはどうなるんだ?」
久美が訊いてくる。
「どうもこうも、スナック勤めの母親と暮らすことに決めて、この町に来ました。
編入試験を受けさせてくれたので、この学校に入れました。
母はスナックの常連客だった会社員と結婚して、親子3人仲良く暮らしています。
あの娘の墓参りは毎年欠かせません。
──以上」
ちなみに、母はまだスナックに勤めている。天職だという。

「その、永久に罪は軽くならないという考え、変える気はないのか?」
「ないわ」

それだけは譲れない。そう思ったら、たぶん、おしまいだ。

「規子らしいな」
そう言って、久美はコーヒーを飲み干した。

「ところで、停学2週間って、いつからなの?」
「事故発生日から」
「そうかぁ、あっという間だね」

復学したら、あの土下座娘の鏡子が困惑するぐらいに支援しようっと。

「被害者からの嘆願書、名文だったらしいぞ」
「私たちの嘆願書に較べて?」
「言うまでもない」
「……無駄なこと、したのかしら?」
「違うね。この世に無駄なことなんて一つもない。
──このコーヒーブレイクだって、最高にクリエイティブな時間だろ」

どうしたんだろ、今日の久美は?

「そういうわけで、自分を変えてくるから」

不意に久美が立ち上がった。

「どこ行くの?」
「あれに参加する」

「あれ」って、『恋ダンス』!?
参加するってことは、ブラバンの定演のステージに立つということだぞ。

ダンスチームは、ちょうど小休止に入ったらしい。
久美は2年生と何か話していたが、やがてラジカセの音楽が始まり、久美が一人で踊り出した。
公開オーディションだ。
そして、決して下手ではない。

風紀委員長がダンスに飛び入りなんて、定演のサプライズにもってこいだろう。
おいしいところを、さらわれてなるものか。

私も立ち上がった。

私にも何かできることがあるはず。

そんな確信をもって、歩き出した。

(了)
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