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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

「おいおい、おっさん。若い娘相手に大の男が無体なことをしちゃいけねえよ。俺は先から、あんたたちの話を一部始終聞かせて貰ったが、このお嬢さんの言い分は至極真っ当で、一部の誤りもありゃしない。商売人は多少の儲けを見込んで客に品物を売りつけるのは常識とはいえ、あんた、幾ら何でも、あんな安物にそれはやりすぎじゃないのか? こちらのお嬢さんが文句を言ったって、仕方ないと思うがな。欲を出すのもほどほどにしないとね、そのうち、天罰が当たるよ」
 ふいに現れた男が支えてくれなければ、春泉は間違いなく地面に激突するところであった。
 唖然としていた春泉の前で、男は腕組みをし、威嚇するように露天商を見つめている。露天商は男にしては小柄な方ではあろうが、それにしても、眼前の男に比べると、大人と子どもほどの違いがある。
 身の丈だけではない、彼女を庇うようにすっくと立つ男は後ろから見る背中も肩幅があり、がっしりと逞しかった。柳家に仕える下男や執事は別として、春泉の身近には父千福しかいない。滅多に逢えない父以外、彼女がこうも間近で異性と接する機会は殆どないのだ。その点、勝ち気でしっかり者とはいえ、春泉は屋敷の奥深くで大切に育てられたお嬢さまであった。
 男性に免疫のない分を差し引いても、その男は彼女の眼に随分と頼もしく映じた。喋り方から察しても、かなり若い―もしかしたら、春泉とさほど歳の違いはないかもしれない。
「若造、言わせておけば、お前も随分と言いたいことを言ってくれるじゃねえか」
 小柄な露天商が凄みをきかせた声をひときわ張り上げた。しかし、生憎と、誰が見ても、この二人の男の対決は長身の男に凱歌が上がったようだ。見るからに、貫禄負けである。
 それは、まるで貧相な野鼠が獅子に毛を逆立てて歯を剥いて精一杯の抵抗をしているようにも見え、滑稽でもあり哀れでもあった。
「それじゃ、言いたいついでにもう一つ言わせて貰やア、俺もおっさんと同じ商売してるもんで、そちらのお嬢さんと同様、小間物についちゃ、多少の知識はあるもんでね」
「なにっ、青二才が生意気言って―」
 言いかけた男の顔色が変わった。改めて立ちはだかる若い男を睨(ね)めつけているようだ。
「まっ、まさか。お前は」

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