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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

「何故、ここに来た」
 光王の声音が一段、低くなる。
「プロの刺客は絶対に殺しの現場を見られてはならない。お前が来なければ、俺はこのまま去るつもりでいた」
 春泉にだって、それくらいは判る。見られたら、殺す。
 それが暗殺者の掟というものであろうことも。だからといって、彼は私も殺すのだろうか。
 当然だ。殺しを目撃した者を生かしておいては、後々の禍根を残すことになる。もっとはっきりいえば、刺客自身の生命取りになる。
 光王は千福の殺害は成功したが、暗殺には失敗した。少なくとも、殺しの現場を春泉に見られた時点で失敗したのだ。
「絶対に来て欲しくない奴がここに来た」
 光王は言いながら、まだ血糊のついた長刀を振り上げた。
「あなたが私を殺すの?」
 どこかあどけなくさえ聞こえる声で見上げた春泉を、光王が感情の読み取れぬ双眸で見下ろしている。
「―」
 その問いに対する応えはなかった。
 多分、それが彼の応えなのだ。
 春泉はそっと眼を閉じる。
 どこかに嫁いで、母のような無為な人生を送るつもりもない。
 世間からは憎まれていても、大切だと思っていた父は死んだ。
 このまま生き存えいても、意味がない。
 今、この場で初恋の男に息の根を止められるのも悪くはないかもしれない。
 光王が長刀を構える。
 春泉は端座し合掌した。ただ静かに愛する男が自分に刃を振り下ろすのを待った。
 けれど、覚悟していた最後の瞬間はなかなか訪れなかった。
 どれくらい経っただろう。永遠に続くかと思われる静寂は唐突に終わった。
「―一緒にゆかないか。お前を連れてゆけば、俺はお前を殺す必要はない」
 秘密を知られた女をずっと、監視下に置いておくということなのだろう。
 そっと眼を開くと、光王は既に長刀を鞘におさめ背中に背負っていた。
「もう一度だけ言う。俺と一緒に来い」
 春泉はこの時、冷酷な暗殺者の瞳に懇願の色を見た。
 ああ、多分、彼は心から私と共に行きたい、私に一緒に来て欲しいと願っているのだ。そう思えた。

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