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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 きっと自分は悪い夢を見ているに違いない。次に眼が醒めたら、きっと翌朝になっていて、春泉は自室の夜具にいるはずだ。父は普段どおり、また、どこかの女の許に行くと言い出して、母はやきもきしているだろう。
 そう、これは夢。さもなければ、誰かが悪い冗談を言っているだけ。
 ねえ、光王、そうでしょう?
 他の誰かがお父さまを殺すとしても、他ならぬあなたが私のお父さまを殺すはずがないもの。
 お願い、光王。私の眼の前にひろがるこの世にも無惨な光景は現(うつつ)ではないと言って。
 あなたが得意の人を喰った質の悪い冗談にすぎないと言ってちょうだい。
「何で殺したの?」
 漸く絞り出した声は掠れて、まるで自分のものではないようだった。
「俺は言ったはずだ。スンジョンの兄は手練れの刺客に千福を殺すように頼んだと」
 低い声は夜陰に朗々と響き、それはまさしく光王のものに相違ない。
「私にとっては、優しい父だったのよ!」
 涙混じりの声で叫ぶと、光王は淡々と返す。
「お前には慈愛深い父でも、他の人間には違った。この男に一体、何人の者が泣かされ、殺されたと思っている? 柳千福は彼が奪った罪なき人々の生命を自分の生命で贖わねばならない。千福は死んだ。これで漸く千福に不当に死に追いやられた人々の魂も浮かばれるだろう」
「―」
 最早、何も言えなかった。現実として、父が死んだからといって、泣く人は殆どいないだろう。むしろ、歓ぶ人の方が多いかもしれない。
 明日の朝、柳千福のただならぬ死に方は忽ちにして漢陽中にひろまり、人々はしたり顔で囁き合うはずだ。
―天罰に決まっている。
 と。
 父は天の制裁を受けた。そうなっても仕方のないことをしてきたのだ。それだけ多くの人々の恨みを買っていたのだ。
 でも。
 何故、父を殺したのが、鉄槌を下したのが光王でなければならなかったのだろう?
 十六年の人生で初めて恋したひとだったのか―。
「あなたが刺客だったの?」
 問いかけの形ではあるが、それは事実を確認する行為にすぎない。

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