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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 屋敷中の若い女中だけでは飽き足らず、外に幾人もの妾を置いていた父は女好きの残忍極まりない男であった。
 父が殺されたのは屋敷に奉公していた十五歳の女中スンジョンを身籠もらせ、懐妊したスンジョンを括(くび)り殺したためであった。彼女は自分の腹の子を柳家の跡取りにと迫り、父を脅迫したのだ。
 既にその時、父にはいずれ春泉の生む孫を柳家の跡取りにという野心があった。結局、スンジョンは首を絞めて殺され、都外れの川に投げ込まれた。彼女の兄が手練れの刺客光王(カンワン)に千福殺害を依頼したことで、父の命運は尽きたのである。
 〝光王〟は闇の世界に一度でも拘わったことのある者なら、知らない者はいない。狙った獲物はけして逃さず、一撃で仕留める神業のような腕を持つ玄人(プロ)の刺客であり、また、その存在そのものが謎に包まれている人物でもあった。
 〝光王〟の姿を見た者は仲間内以外では誰もおらず、息も絶えそうな老翁、もしくは妖艶な美女、はたまた山奥の熊のようないかつい大男―様々な憶測が流れていたが、真偽のほどは定かではない。暗殺者集団〝光の王〟を率いるリーダーであり、また、不正を憎む義侠心の厚い男だとも。
 〝光王〟は誰の命も受けず、ただ己れの信念にのみ従って行動する。彼に殺害されたのは皆、殺されて当然の極悪非道の輩ばかりであった。
 〝光王〟が憎むのは罪のない弱き民を苛め、搾取し続けた両班、金持ちの商人ばかりだ。むろん、それだけでは生命まで取られることはない。彼らは民の生命を奪ったからこそ、自らも消されたのだ。
 確かに、千福は殺されても仕方のない人間であった。〝光王〟が殺さなくとも、いつかは誰かに殺されていたかもしれない。それほどに多くの人々の恨み辛みを買っていた。
 だが、何故、その父を殺したのが〝光王〟でなければならなかったのか。生涯でただ一度の恋の相手でなければならなかったのだろうか。
 刺客〝光王〟は、ひとりの少年としてある日突然、春泉の前に現れた。この国の人が〝異様人〟と呼ぶ外国人めいた風貌を持ち、天人の化身かと見紛うほどの濃艶な美貌を持つ光王に、彼女は次第に惹かれていった。

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