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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 秀龍の母、姑の芙蓉は大の猫嫌いと聞いている。本当かどうかは知らないけれど、ヤモリやトカゲより猫が嫌いというのだから、筋金入りである。
 春泉にしてみれば、猫よりよほどヤモリやトカゲの方が気持ち悪いと思うのだが。
 小虎が今回、皇家にずっといられる件についても最初は難色を示した芙蓉をうまく説得してくれたのは秀龍だと聞いている。芙蓉の眼の届かないところで飼うのであればと漸く許されたというのに、ここで秀龍に〝こんな猫など、さっさと追い出してしまえ〟と言われてしまったら、どうすれば良いのだろう。
 この皇家で味方になってくれるのはオクタンと小虎だけなのに。
 秀龍の口ぶりは別段怒っている風はなく、ただ単にこのなりゆきを意外に思い、面白がっているようだ。
「あの―、秀龍さま」
「ん? 何だ」
 笑顔を向けられ、春泉は恐る恐る言った。
「小虎をこのままお屋敷に置いても構いませんか?」
「もちろんだ。この猫はそなたにとって必要なものなのだろう?」
 そう言ってから、〝いや、待てよ〟と悪戯っぽく笑む。
「一つだけ頼みをきいてくれたら、猫を置いても良い。と、申したら、そなたはどうする?」
「えっ?」
 春泉は黒い瞳をまたたかせた。
「それは、どのようなことでしょうか? 私は何をすれば良いのですか?」
 嫌な予感がした。
 秀龍が意味ありげに微笑む。
「そうだな、私はそなたが欲しい、春泉。もし、春泉が素直に私のものになると言えば、猫をずっと屋敷に置いてやっても良い」
「そんな―、酷い」
 春泉の眼に見る間に涙が盛り上がった。
「そなたを抱いても良いか? 春泉」
「そ、それは、いつに? いつ、その約束を果たせばよろしいのですか」
 震える声で問えば、無情にも返ってきたのは「今、ここで。すぐにだ」。
「―」
 春泉は涙と言葉を呑み込んでうつむいた。
 たった一度だけ、ほんの少し我慢すれば、小虎と一緒にいられるのだ。

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