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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 春泉はしどけなく乱れたままの夜着の前を直すことも忘れ、猫を胸に抱きしめて、烈しく泣きじゃくった。
 帰りたい。母の許に帰りたい―。こんな怖ろしいところにはいたくない。
 春泉は秀龍が心底怖ろしかった。最初は、申し訳ないくらいに優しい男だと思ったのに、急に豹変して別の人のようになって、襲いかかってきたのだ。
 春泉が幾ら嫌だと訴えても、絶対に止めてはくれなかった。もし小虎が来なかったら、自分は今頃、どうなっていたのかと考えただけで、気絶しそうなほど怖かった。
 小虎は春泉の飼っている猫だ。二年前に初めて出逢ったときにはまだほんの仔猫だった小虎ももう立派な大人になった。体全体が薄い灰色で所々に白い縞模様が入っているところが、小さな虎を連想させるので、〝小虎〟と名付けた。
 住み慣れた以前の柳家の屋敷から、昨日まで母と暮らしていた小さな屋敷に移るときも、嫁入り先にまでもお伴してきた忠義の猫(?)である。
 もっとも、初めは秀龍の母が猫嫌いというので、実家に置いてこようとしたのだが、どういうわけか小虎は護衛についている皇家の家人が追い払っても追い払っても、実家を後にした花嫁行列の後をついてくる。
 見かねた春泉は乗っていた輿を止めて貰って、小虎を膝に抱いて二人で輿入れしたのである。
 小虎は春泉が泣き止むのを辛抱強く待ち、泣き止んだのを見届けてから、ストンと床に降りた。泣きじゃくる春泉を辛そうに見ていた秀龍を見上げ、警戒するようにフーッと唸り声を上げるのに、春泉が狼狽えた。
「小虎、駄目よ、いけません」
 たしなめると、小虎は不満そうに鼻を鳴らし、大人しくなった。
「申し訳ありません」
 か細い声で言った春泉に、秀龍は笑った。
「たいした猫だ、主人の難を見事に救うとは、猫ながら、あっぱれだぞ、お前」
―お前なんかに〝お前〟呼ばわりされたくない。
 小虎にもし人間の言葉が話せるとしたら、間違いなくそう言っただろう。
 小虎は不服を主張するように小さな鼻をうごめかし、プイとそっぽを向く。
「それにしても愕いた、初夜の床に猫が登場するとは!」
 春泉は不安げに秀龍を窺った。

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