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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

「オクタン―」
 春泉の心細そうな瞳に涙が滲んだ。
 私、本当は行きたくないの。そう声に出して言いたくても、秀龍の前では言えない。
 一方、オクタンは春泉の苦悩はよく理解していた。しかし、春泉も嫁してこの家の嫁となったからには、皇家に馴染まねばならず、更に良人たる秀龍には愛されなければならない。
 今のところ、秀龍は春泉に夢中なようだし、その点は心配ないようだが、気がかりなのは、かえって春泉の反応である。
 オクタンが見る限り、春泉はどうも秀龍に怯えているように見えてならないのだ。オクタンの眼には、秀龍は涼しげな清潔感溢れる好青年なのだが、春泉はこの秀龍のどこが気に入らないのだろう?
 確かに、春泉が一時、心を寄せていたあの異様人(オクタンは本気で光王を外国人だと信じ込んでいる)の少年のような眩しいばかりの美貌ではない。
 しかし、あんなこの世ならぬ美しさを持つ男がそうそういるはずもないのだ。
 秀龍は、いかにもこの国で生まれ育った名家のお坊っちゃんといった雰囲気で、あの美しい妖しげな魅力を放つ少年とは全くタイプが違う。光王というあの美少年が冬の夜空に輝く凍える月なら、秀龍は明るい太陽だといえるだろう。
「行ってらっしゃいまし、お嬢さ―」
 言いかけて、オクタンは笑った。
「若奥さま」
 今でもついうかうかしていると、春泉を〝奥さま、若奥さま〟ではなくて〝お嬢さま〟と呼んでしまうのは困りものだ。
「オクタン」
 泣きそうな声を上げる春泉を、オクタンは見ないふりをした。
 それにしても、勝ち気なお嬢さまが最近は、いつもおどおどと怯えているようだし、始終塞ぎ込んでいるのは気になった。まあ、それも皇家や新しい環境に慣れるまでのことではあろうけれどと、オクタンは自分を納得させる。離れていることが多いせいか、オクタンさえ、今の春泉の心のあやをすべて推し量るのは難しかった。
 ただ、春泉の様子からして、もしや秀龍との間に何もないのではないか―、つまり、春泉はまだ清らかな身体のままではないのかとは薄々察していた。恐らく、春泉が恐怖心を抱いている相手は、他ならぬ秀龍だろう。

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