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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 このままで良いはずはないが、さりとて、男女の仲はごり押ししたからといって、上手くゆくものではない。
 祝言から日も浅く、これから二人の仲が進展する可能性はまだまだあるはずだ。そのためにも、ここは邪魔者である自分は控え、若い二人だけを送り出した方が良いと判断したのである。
 何とかこの遠出が二人の距離を縮めてくれれば良いが、と願わずにはいられなかった。

 それからしばらく経ち、春泉と秀龍は二人並んで、馬を走らせていた。
 最初、〝馬には乗れるか?〟と訊ねられたときは戸惑ったものの、乗馬なら習ったことがあるから、何とかなる。〝大人しい馬なら、何とかなると思います〟と応えた春泉に、秀龍は満足げに頷いて見せた。
 秀龍が用意してくれたのは、真っ白な毛並みの美しい馬だった。よもや、秀龍が春泉と二人だけで遠乗りしたいために、馬を移動手段として使ったのだとは春泉は思いもしない。
 女輿を使うと、担ぎ手の家僕たちや乳母まで引き連れてゆく羽目になる。秀龍は折角の二人きりの時間を部外者に邪魔されたくなかったのだ。
 もっとも、下男や乳母は連れてといっても、目的地へ着けば、秀龍と春泉からは離れて、目立たない場所に控えて待つくらいの気は利かせてはくれるが―、それにしても、やはり、他人がいるとなれば、目障りには違いない。あわよくば、手の一つくらいは握ってなどと、実はほんの少しの下心をひた隠している秀龍には、あまり望ましくない状況だ。
―秀龍さま、この白馬には名前はあるのですか?
 眼を輝かせて訊ねてきた春泉に、秀龍は馬一頭でこんなに歓ぶのなら、百頭、いや、朝鮮中の馬を贈ってやっても良いとすら思ったほどである。
 春泉のこんなに嬉しそうな顔は見たことがない。元々、動物が好きな心優しい娘なのかもしれない。
―春泉は動物に名前を付けるのが好きなんだな、もし、私たちに子が生まれたら、初めての子の名は、そなたが付けても良いぞ?
 そこで、しまったとほぞを噛んだ。
 見せかけだけの夫婦でいたいと訴える春泉に子ども云々の話は触れられたくないものの一つだろう。

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