テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 秀龍にも言ったように、都を抜けたすぐその先に、こんな見晴らしの良い牡丹の園があるだなんて、信じられないことだ。
「私も人づてに聞いた話だから、詳しくは知らぬが、その昔、この辺りに中央の役人を務めたこともある両班が住んでいたそうだ。その男の一人娘が都でも評判になるほどの佳人で、結婚を申し込む男が後を絶たなかった。ある時、その娘に二人の男が同時に結婚を申し込んだ。二人の男たちは、あろうことか互いを兄弟とも思う幼なじみだった。しかし、同じ女に惚れたのが不幸の始まりとなった。娘は自分のために親友同士である彼らがあい争うのを見ていられず、あの山に分け入って自ら生命を絶ったそうだ」
「―哀しいお話ですね」
 春泉はうつむくと、消え入るような声音で言った。
「その娘が流した涙がこの無数の牡丹の花となったと言われている。いつ誰が呼ぶようになったかは判らないが、この辺りを〝天上苑〟というそうだよ」
「天上苑―、亡くなった娘の魂が天上の極楽に還ったという風に解釈して?」
「いや、解釈というよりは、そう願ったからであろうな。単なる言い伝えだと思われているが、どうやら、その話は真のことらしいぞ。むろん、娘の涙が花になったというのは後世の人々の作り話で、現実には娘の父である両班が娘を哀れんで植えさせたのだというが」
 急に黙り込んだ春泉を見て、秀龍が言った。
「嫌な話を聞かせたかな?」
 春泉は小さく首を振った。
「いいえ。そんなことはありません。美しくも哀しいお話です」
 だが、と、秀龍は呟くように言った。
「私はこの話を聞いた時、不思議に思ったのだ。何故、娘は二人の求婚者のうち、一人を選ばなかったのだろう。たとえ男たちが親友であったとしても、むしろ、彼等のいずれかを良人として選んでやった方が、彼等のためにも良かったはずだ。彼女が選びさえすれば、争いにも決着はつくし、少なくとも、男たちは娘が自害したことで、後々まで良心の呵責に苛まれはしなかった。自分たちの恋心が愛する女を追いつめてしまったと、彼らの葛藤は永遠に終わることはなかっただろうよ」
 秀龍は嘆息混じりに首を振る。
「女心とはげに複雑だ。どちらか一人を選べば良い、簡単なことではないかと私などは思うのだが、それは男の考え方というものなのかな」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ