テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

「まあ、嫌ですよ。お嬢さまが孝行なさるのは、私じゃなくて、こちらのご両親さまと、柳家の奥さまじゃございませんか! 私は女中です。本来なら、お嬢さまとこんな風にお話しできる身分じゃないんだってことくらは、幾ら私でも承知してます」
「何を言ってるの、オクタンは私をずっと育ててくれた、お母さんも同然の人じゃない。オクタンを粗末にするのは、親をおろそかにするのと同じことだと私は思ってるのに」
 春泉はオクタンの手を取り、両手で包み込んだ。雑用で荒れたオクタンの手は、柳家の労働には縁のない母の手とは違う。チェギョンの手は白い、荒れなど一切見られない、きれいな手だ。
 だが、オクタンの手は茶色に陽灼けし、荒れ放題に荒れているし、染みも浮き出ている。
 でも、春泉はこのオクタンの手を美しいと思った。四十数年の風雪を慎ましく前向きに生きてきた、一人の善良な女の人生がこの手にはよく表れていたからだ。
 単なる美醜だけでいえば、チェギョンの手の方がきれいには違いないが、オクタンの手は母の手よりも数倍、魅力的だと思う。
 むろん、母は母なりに父の放蕩に泣き、当主不在がしょっちゅうの柳家を一人で切り盛りしてきた。その労苦もまた計り知れないものであろうし、母の生き方すべてを否定するつもりはない。母が若い愛人たちとの淫らな情事に耽っている間は、その顔を見ることすら厭わしかったが、母も父がいなくなってからは、きれいに悪癖を絶っている。
 春泉が改めて、二人の母について考えていると、ニャと小虎が甘えた声を上げて膝に乗ってきた。
「あら、小虎。お前、鈴をつけて貰ったのね」
 春泉は小虎の背を撫でてやりながら、言葉はオクタンに向ける。
 オクタンが笑った。
「この子は、しょっちゅう、いなくなるもんですからねえ。こうしておく方が、探すときに便利が良いと思いついたんですよ」
「確かにね」
 春泉もつられるように笑う。
 その夜、春泉はオクタンと久々に枕を並べて眠った。小虎はもちろん、いつものように春泉の寝床に潜り込んで丸くなる。
 二つ並べた寝床の中で、春泉はオクタンに話しかけた。明かりも消した室内はほの暗い闇で満たされている。かすかな月明かりが細く扉から差し込んできて、床に扉の格子模様の影を映し出していた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ