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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

「そうなの?」
 いつになく饒舌なオクタンに春泉が眼を瞠っていると、オクタンは恥ずかしげに笑った。
「私が亭主に祝言を終えるまで許さなかったのも、実をいうと、そういう年寄りの入れ知恵があったからです。亭主の方は、どうやら、それを女の純情だと良いように誤解してくれたようですけど。むろん、お嬢さまと秀龍さまはもうちゃんと祝言をお挙げになった、世にも許されたご夫婦でいらっしゃるのですから、私の場合とは少し違いますが」
 春泉は上目遣いにオクタンを見上げた。
「ねえ、オクタンはどう思う? 私が秀龍さまに対してお願いしていることは、間違っているのかな」
 ずっと形だけの妻でいたい、と、そう願うことは許されないのだろうか。
 たとえ結ばれても、母のように裏切られ、愛情が憎しみに変わるまで相手への呪縛から逃れられない―そんな関係が夫婦だとしてら、それはあまりに哀しすぎる。不仲な両親を見て育つ子どもだって、可哀想だ。だからこそ、光王の存在を別にしても、春泉は一生涯、誰にも嫁がないつもりでいた。
 思いがけず決まった結婚にも、何の期待も抱いてはいない。期待すれば、裏切られたときがあまりに辛い。春泉が秀龍に〝名ばかりの妻〟でいたいと願ったのには、子ども時代の不幸な体験が大きく関与していた。
 オクタンは、ふくよかな面にやわらかな微笑を浮かべた。彼女の気性を表すかのような、ゆったりとした笑みである。
「お嬢さまがよくよくお考えになってお決めになったことなら、私は余計な口出しは致しません。でもね、お嬢さま。これだけは憶えておいて下さいまし。私は、いつだって、春泉さまのお幸せを心から願っています。たとえ、お嬢さまがどのような道をお選びになったとしても、その歩まれる道が幸せへと続いてゆくものであればと祈っておりますよ」
 最後の言葉は、春泉の心に滲みた。
 オクタンは、いつだって、春泉の成長を見守り、その幸せを願い続けてくれた。今も、こうして影になり陽向になり守ってくれる。
「ありがとう、オクタン。私、オクタンにはうんと長生きして貰って、孝行しなくちゃね」
 春泉が心からの言葉を口にすると、オクタンは照れたように紅くなりながらも、見る間に瞳を潤ませた。

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