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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 今だって、秀龍が自分ではない誰か別の女を傍に置くと想像しただけで、ざらざらした嫌な気持ちになる。春泉にも、この感情が嫉妬というものであることは薄々判った。でも、自分から形だけの妻でいさせて欲しいと頼んでおいた癖に、秀龍に別の女を傍に置かないでとなんて虫の良いことを言えるはずがない。
 むろん、最初は平気だと思っていたのだ。愛して貰えるはずのない相手が他の誰を愛そうと、気になるはずがないではないか、そう思っていた。
 自分だけは母のような生き地獄には落ちたくない。大勢の女たちのどこに今夜は良人が泊まっているかと、悶々としながら夜を過ごすのはご免だ、複数の女たちと良人の愛を分け合う暮らしには耐えられない、と。
 だからこそ、秀龍にもずっと、形だけの妻、夫婦でいさせて欲しいと言った。なのに、自分はもう早々と嫉妬し始めている。それも、まだ顔も見たこともない実在しない女に、起こってもいない未来に!
 愛さなければ、嫉妬なんかしないはずだと思っていたのは間違いだったのだろうか。いや、そうではない。自分が秀龍を好きになり始めてしまったからこそ、嫉妬が起こるのだ。
 春泉は今や、すっかり蒼褪めていた。その様子が到底尋常ではないのは一目瞭然ではあったが、チェギョンは娘をじいっと見つめているだけで、特に何もいわなかった。
 春泉は床についた片膝の上で組んだ両手に力を込めた。背中を冷たい汗がつたい落ちてゆく。
 母は勘の鋭い人である。自分の心の葛藤を見抜かれているのではないかと内心、ヒヤリとしたものの、母はそこには触れずに全く別のことを言った。
 しかし、その内容も春泉を二度、びっくりさせるには十分だったのである。
「実は、聞き捨てならぬ話を耳にしました」
「聞き捨てならない話、ですか?」
 春泉は母の顔を見つめ、話の続きを待つ。
 チェギョンはそこで珍しくわずかな逡巡を見せた。
「皇家のご子息が口にするのもはばかられる場所に通っているとの噂があるのです」
 秀龍を皇家のご子息とわざわざ遠回しに言っていることが、話の内容を予感させ、春泉は暗澹とした気持ちになった。
「秀龍さまについての噂ですね?」
 今更念など押さずとも良いようなものだが、春泉はこの先の話を聞きたくなかった。

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