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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 王さまのお眼に止まるほどの妓生を抱える翠月楼はいつしか下級の遊廓から一挙に高級遊廓へと、更に香月は、翠月楼の女将言うところの〝欲望処理のおまる〟から一躍、高級娼婦へと成り上がった。
 ある豪商は、香月にひとめ逢いたさのあまり、全財産の殆どを使い果たしたというし、中には香月の微笑みを見たいために切々と恋情を訴えた恋文をしたためた若者が、眼前でその文を破り捨てられ、世を儚んで自害するという笑えない逸話まで登場することになった。
 その真偽のほどは判らずとも、それらの話が〝傾城〟と彼女が呼ばれるようになった所以であることは容易に想像がつくだろう。
 どうも、この天下の妓生については、派手な噂が更に噂を呼び、本人にはあまりありがたくないたくさんの伝説が生まれた―といった方が適切であった。
 翠月楼の二階、奥まった一室。その話題の渦中の人物香月が緋色の艶めかしい夜具に座っている。―と言えば聞こえは良いが、香月はチョゴリの胸許をだらしなく開き、チマの裾を捲り上げて胡座をかいていた。
 どう見ても、これでは、天下の傾城の名が泣こうというものだ。
 香月は先刻から、一枚の文らしいものを手に取り、ゲラゲラと腹を抱えて大笑いしていた。
「こいつは面白いや。あの色に狂った糞爺ィ。今度は、都の南の方にもう一つ、別荘を建ててくれるってさ。たったの一回、手を握らせてやっただけで、別荘一つだぜ」
「おい、良い加減にしろよ」
 香月から少し離れた場所にやはり胡座をかいていた秀龍が顔をしかめる。
「だってさ、手を握れば別荘一つが建つのなら、三回握らせりゃア、別荘はしめて三つだぞ? こんな馬鹿げた美味しすぎる話、あるか?」
 香月はまだ笑いが止まらないらしく、涙眼になって笑い転げている。
「お前、他人の心を弄ぶのもたいがいにしないと、その中(うち)、天罰が当たるぞ」
 秀龍はたしなめるように言うと、香月を軽く睨んだ。
「その前は何だ? お前逢いたさにかれこれ二年も通い続けている両班に病気見舞いだと称して、爺さんの別荘が三つどころじゃなく買える玉の首飾りをねだったんだろう」
「何だ、知ってたのか。兄貴(ヒヨンニム)」
 香月は悪戯を見つかった幼児のようにペロリと舌を出した。

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