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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 が、妓生の取った客の数など、実のところ、正確なところが判るわけもない。香月が客と同衾した回数は、即ち彼女が男性に要求する基準と彼女自身の気位の高さを象徴する話の一つとして流布しているにすぎない。
 誇り高く、何を見ても、けして微笑むことはないといわれている。この十九歳の香月を何とか振り向かせようと、夜毎、通い詰めている熱心というか哀れな両班もいるが、この〝漢陽の徒花〟と呼ばれる傾城香月の評判を聞きつけた王さまが何と、香月を後宮へ召し上げたいと翠月楼の女将に使者を寄越したという。
 これは嘘でも冗談でもなく、本当の話。だが、傾城香月はたとえ王さまの威光をもって命じられても、気が向かなければ話には乗らない。王さまは使者に山ほどの宝玉と美々しいチマチョゴリを贈物として持たせてみたが、香月はとうとう三度とも使者を追い返した。
 本来なら、こんな不敬をすれば、忽ち捉えられ、首を刎ねられるところだが、寛大な王さまは
―朝鮮一の男である予をふるとは、天晴れな心意気。流石は〝傾城〟と謳われるだけはある肝の据わったおなごだ。
 と、呵々大笑され、逆にたくさんの褒美を下賜なさった。
 この一件が〝国王さまのお心すら動かした天下の妓生〟と都中に広まり、香月をひとめ見たさに翠月楼を訊ねてくる男は多い。
 これだけ存在感のある香月だが、その出自は極めて謎に包まれている。彼女が翠月楼の女将に拾われたのは、更に時を遡り、香月、十五歳のときのことだ。
 普通なら、この年でも十分、妓生として通用する年齢ではあるが、女将は、香月をなかなか見世に出さなかった。その理由としては、香月に妓生として必要な教養である舞、歌、伽倻琴(カヤグム)などを教えるためというのも考えられるけれど、それにしても、高級娼婦でもない、ただの下町の妓房にすぎない翠月楼の妓生にそこまでの芸を仕込む必要はなかった。
 もっと単刀直入にいえば、翠月楼程度の見世なら、芸はできなくても、男を寝床で悦ばせる手管を知っていれば、十分、通用したのである。
 香月が国王に見初められた(正確には王さまが香月を見たわけではなく、その評判を聞きつけたわけだが)という事実は、香月本人だけでなく、翠月楼そのものにも大きな箔となった。

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