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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 それでも希望を込めて秀龍を見つめている春泉に、無情なひと言が返ってきた。
「明日からは無理をして私を待っていなくて良い。先に寝んでいなさい」
 それが―応えなのか。
 昨夜の最後に秀龍が口にした科白が、ふと耳奥で甦った。
 もう、秀龍はこちらを見ようともしない。暗に、お前には用はないと言われているような気がした。
 春泉は失望を必死に堪えた。
 落胆、絶望、淋しさ。あらゆる感情(おもい)が一挙に彼女の中で渦巻き、烈しくせめぎ合う。
 小走りに廊下を辿り、逃げるように自室まで戻ると、その場に身を投げ出して泣いた。
 声を殺してすすり泣いていると、何かがチロチロと春泉の手の甲を舐める。
「小虎?」
 呼んでから、うつ伏せの格好のままでゆるゆると面を上げると、意外にも、ちょこんと座っているのは素花の方であった。
 二匹はたいがいは一緒にいるのだが、今は素花だけだ。まさか小虎まで素花を放り出して、浮気を? などと考えかけ、春泉は自分の考えのあまりの馬鹿らしさに自分で嗤った。
「ありがとう。素花も小虎と一緒で、私を元気づけてくれるのね」
 白い猫は慰めるようにすり寄ってきて、頭を春泉の手の甲に押し当てる。
 ミャー。
 その声が〝元気を出して〟と言っている。多分、そんな風に都合良く聞こえるのは、春泉の身勝手な解釈にすぎないのだろう。
 でも、孤独なときに、誰かが傍にいてくれるのは随分と心強いものだ。
 素花、白い花、秀龍から真心の証として贈られた花。あの花を春泉が駄目にしてしまった時、自分と秀龍は本当に―永遠に駄目になってしまったのだろうか。
「私には、お前たちだけなのね」
 また涙が溢れそうになり、春泉が声を震わせると、素花はまた小さな舌で春泉の手を舐め始めた。

 春泉が部屋でたった一人、泣いていた頃。
 秀龍は腹立ち紛れに部屋中を苛々と歩き回っていた。
 義禁府の長官に残業を言いつけられたというのは真実ではあったが、こんな時間まで宮殿の詰め所にいたというのは真っ赤な嘘だ。

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