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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 嘘をつくことには少し抵抗があったものの、妓生と逢ってきたなどと正直に言えば、どんな痛くもない腹を探られることになるか知れやしない。
 浮気などしていると思い込まれたら、大変だ。妓生は妓生でも、翠月楼の香月は、並の妓生ではない。たとえ見かけは本物の女に限りなく近くても、正真正銘の男なのだ。
 男の妓生が敵娼だなんて、ゾッとしないな。
 歩き回っていた秀龍は、腹立ち紛れに脚許の小卓を軽く脚でつついた。
 書類の山に眼を通している真っ最中なのに、考えるのは春泉のことばかりで、文字など素通りしてゆくばかりだ。ちっとも、仕事になりはしない。
 ふん、自業自得じゃないか。自分で春泉を追い返したのだから、今更、うじうじと悩んでみても、意味がない。
 その一方で、馬鹿なことをしたと、しきりに後悔の念が渦巻く。折角、深夜まで秀龍の帰りを待ってくれていたのに、何で、あんな酷いことを言ったんだ?
 可哀想に、あの娘はまた、泣きそうになって震えていたではないか。
 駄目だ、どうしても、春泉と二人だけでいると、触れたくなってしまう。つい今し方も、言葉のやりとりだけで自分を抑えられたのは、奇蹟に近い。
―そなたを食べたら、さぞ甘くて、やわらかくて、美味しいことであろうよ。さあ、こちらへおいで。
―私には旦那さまのおっしゃる意味が判りません。
 恐らく、春泉は、秀龍の言葉の意味を知りながら、わざと知らないふりを通したに違いない。
 あのひと刹那、二人の間には危うい空気が張りつめていた。まさに一触即発、どちらかが少しでも動きを誤れば、瞬時に火がついて、燃え上がった焔は彼を呑み込み、彼の理性を燃やし尽くしたはずだ。秀龍は今度こそ間違いなく取り返しの付かない一線を越えていただろう。
 春泉の機転に、あのときは秀龍は救われたことになる。仮に、今夜、春泉を抱いてしまっていたら、彼は確かに春泉の身体だけは手に入れることはできたけれど、永遠に心を失うことになっていた。

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