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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 色町が生まれ変わる瞬間だ。
 多分、この町はここにいる妓生(おんな)たちと同じなのだろう。昼間は化粧を落として、ひっそりと鳴りを静めているのに、夜が来た途端、厚塗りの化粧をして別人のように輝きを放ち出す。それが、遊廓で自分の身体を切り売りし、苛酷な日々を生きる彼女たちの生き方であり、業でもあるのだ。
 妓房が建ち並ぶすぐ前の通りは、比較的、狭い道である。その道を、秀龍は全速力で走りに走った。大勢の人々が行き交う大路に向かって一目散に走る。
 その大路まであと数歩というところで、彼のゆく手を塞ぎ、立ちはだかった者がいた。
「―春泉?」
 まさに、最低最悪の状況である。こんなところで最愛の妻と遭遇することになるとは思いもしなかった秀龍は、息を呑んで春泉を見つめた。
 春泉の唇が嘲るような笑みに歪んだ。そういうときの彼女さえ、美しいと思わずにはいられない。
 自分でも愚かだと思いながらも、艶(なま)めかしい口許に魅入られたように釘づけになった。

 
 春泉はその瞬間、冗談ではなく、呼吸が止まってしまうのではないかと思った。
 多分、そのときの気持ちは、どんな言葉で表現したとしても、適切ではなかったろう。
 一瞬にして落雷が全身を貫いたような、大きくぽっかりと空いた穴に落ち、地の底へと吸い込まれてゆくような―。
 とにかく、到底、口では形容できないような気持ちだった。
 別に秀龍の浮気現場を捕まえてやろうとか、傾城香月を見てやろうとか、そんな明確な意図があったわけではない。
 ただ、気がついたら、ふらりと皇家の屋敷を出て、漢陽の町をさ迷っていたのだ。
 そうだ、自分の部屋を出るどころまでは、ちゃんと記憶がある。
 昨夜、秀龍さまと仲直りしようと手ずから作った黄粉餅をお部屋まで持っていった。秀龍さまが〝真心の証〟だと言って私に下さった白牡丹の花束を受け取らなかったから、怒ってしまわれたのだ。
 だから、お詫びにもならないかもしれないけれど、あの方の大好きな黄粉餅を作って持っていったのに、やはり、あの方は受け取っては下さらなかった。

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