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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第9章 哀しい誤解

 ずっとずっと母に問うてみたいと思っていた。でも、もう、その応えは訊かずとも判る。
 たった今、交わしたばかりの母との会話が父と過ごした十六年間というけして短くはない月日の苦悩を何より物語っていた。
「あなたには辛い話になるかもしれないけれど、私は、あなたのお父さまと結婚して良かったと思ったことは一度もなかったの。むしろ、この結婚で浅はかな自分が失ったものがどれだけ貴重ですばらしいものだったかを思い知らされただけ。あなたには、そんな生涯は送って欲しくない。私のように、後になって自分の生涯を振り返った時、あのときはこうしていればよかった、ああしていれば良かったと後悔ばかりするような生き方をさせたくないのですよ」
 それは、春泉が十八年の生涯で初めて耳にした、母の愛情を感じさせる言葉だった。
「あなたは、まだ始まったばかりで、今なら、間に合うわ。それに、あなたはたった今、秀龍さまをお慕いしていると言った。旦那さまを慕っているのなら、勇気を出してその気持ちを秀龍さまにぶつけてご覧なさい」
 チェギョンの諄々とした諭しに、春泉はうなだれた。
「今日中に、皇家のお屋敷に帰りなさい。どうせ、あなたのことだから、誰にも何も言わないで出てきたのでしょう。黙って実家に帰ったなどと、あちらのお姑に知られたら、それこそ本当に皇家に戻れなくなりますよ?」
「私は戻れなくても構いません」
 うつむく春泉に、チェギョンの声がやや高くなった。
「帰らなければなりません。秀龍さまをお慕いしているのでしょう? それとも、あの言葉は嘘だったの?」
「秀龍さまをお慕いしているというのは嘘ではありません。でも、私は、あの方が怖いのです」
 不穏な言葉を聞いて、チェギョンの柳眉がつり上がる。
「怖い? それは、どういうことなの?」
「時々、凄く怖い眼で私をご覧になるのです。いつもはお優しいし、良くして下さるのに、私がふとあの方の視線に気づくと、あの方が物凄い眼で私を見ていらっしゃるの。あの眼を見ると、怖くて身体が竦んでしまって。それに」
 春泉はここで少し戸惑いを見せ、またうつむいた。
「秀龍さまが無理に膝の上にのせようとしたり、私の身体を触ってこられるのも厭なのです。私、私―」

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